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ケリー・ラムが贈る香港夢(ホンコン・ドリーム)

ケリー・ラムが贈る 香港夢 ホンコン・ドリーム

ケリー・ラム(林沙文) 

(Kelly Lam)教師、警察官、商社マン、通訳などを経て、現在は弁護士、リポーター、小説家、俳優と多方面で活躍。上流社交界から裏の世界まで、その人脈は計り知れない。返還前にはフジテレビ系『香港ドラゴンニュース』のレギュラーを務め、著書『香港魂』(扶桑社)はベストセラーになるなど、日本の香港ファンの間でも有名な存在。吉本興業・fandangochina.comの香港代表およびfandangoテレビのキャスターを務めていた。

「香港版国家安全法」
安心すべきか、心配すべきか?

2020年6月30日夜、第13回全国人民代表大会(全人代)常務委員会で「中華人民共和国香港特別行政区維護国家安全法」(香港版国家安全法、以下・国安法)が通過しました。大変驚いた香港人や怒った香港人がいっぱいいます。その一方で、大変興奮した香港人もまたたくさんいます! この1年間、過激化したデモ活動によって交通、建物、店が破壊され、ボロボロの街を目撃した香港人の中には、一日も早く中国の協力が欲しいから国安法の誕生に賛成する人も少なくないのです。

メディアは反中国の意見が大半で、「国安法」を批判しています。一国二制度はすでに死亡したとか、これから中国は香港でやり放題できる、勝手に人を逮捕し中国に連行する、中国で終身刑、死刑もできるなどと報じています。政党のリーダーや議員をはじめ、評論家やキャスター、大学の法律教授、弁護士協会らも口をそろえて、「国安法」は香港基本法(ミニ憲法に相当)に違反する、一国二制度を破壊する、内容は曖昧でわからないところがあるなど批評しています。

国安法の罪状とは?

「国安法」は基本的に四種類の罪状に適用されます。簡単に言えば、⑴中国の政権を転覆させる罪、⑵中国を分裂させる罪、⑶中央政府、特別行政区政府などを脅やかすテロ行為、⑷外国、域外勢力と共謀して中国の安全を危害する罪。香港基本法18条によって、中国の法律は香港では行使されませんが、基本法の附則三(ANNEXⅢ)に記された中国の法律は例外とされます。例えば、中国の国歌、国旗、紋章は1997年7月1日から香港で通用されています。

問題なのは、全人代常務委員会が附則三に入れる中国の法律を増やそうとしたことです。中央政府は新たな法律を作って附則三に加える権力を持つとともに削除する権力も持っています。そして増加・削除する条件は、その法律が必ず国防、外交、あるいは基本法が指定する特別行政区自治の範囲外であることとされます。

私ケリー・ラムは、ややこしい「国安法」の制定が基本法に違反するか、しないか、そうした終わりのない討論をするより、むしろ「国安法」はなぜ突然、急に出てきたのか、そこを説明すべきだと思います。

香港が断念した23条立法化

返還前の香港では、香港人はすべて英国に任せ、香港人の99%は「政治不感症」の病気にかかったみたいで、デモなし、ストライキなし。香港人は働き者でしたから、経済は飛躍的に発展しました。
ところが今は香港人の多くは「政治敏感症」にかかっています。なぜなら英国人は香港から撤退する10年以上前から中国や香港特区政府の悪口を言い続け、30年以上の時間をかけて自由、民主、人権を香港の隅々まで浸透させました。今の香港は学校も、教会も、病院も、どこでもその3つの主張が強いです。なんでもデモ、なんでも対抗する香港人になりました。

香港特区政府は自ら基本法23条の立法化によって、中国への反逆罪、外国の政治団体の香港での政治活動を禁じる、香港の政治団体が外国の政治団体と関わることを禁ずる法律を作る責任があります。しかし2003年に立法化は失敗。その23条は厳しくない、ルーズな条例で、通過できそうなチャンスがあったものの、その時は大規模な反対デモが起き、立法会でも結局可決できませんでした。だから香港特区政府にはもう一度23条を立法化する自信は全くなかったです。

言論の自由とやり放題

1997年以降、中央政府から見た香港人は協力的だったか? おとなしかったか? 昔、英国人の奴隷みたいになんでも命令に従い、一切反論せず、服従100%でしたが、返還後に急になんでも反対し、デモを繰り返すようになりました。香港人は言論の自由という名の下で30年以上、やり放題といえるくらい中国をひどく批判してきました。問題点はそっちだと思います。

過去23年間は頻繁にデモがあったけれど、それでも中国は表面的には香港側に任せる姿勢を見せました。香港で高レベルの自治を維持させ、基本法で言論の自由を保証するのは、一国二制度が実現し成功した証拠だと世界中にアピールをしなければいけないからです。でも本当は大変我慢しています。中国は内心、国際舞台で大きくメンツをつぶされたと感じているでしょう。

デモから暴動へ、言論の自由から独立の主張へという動きを過去1年間、中国は目撃しました。昨年6月以来、信じられないほど過激化していきました。昨年7月は香港の立法会にデモ隊が侵入し、破壊行為がありました。中央政府の在港代表部・中聯弁(Liaison office)に押しかけ、警察本部まで包囲しています。放火や破壊が相次ぎ、親中国の店や銀行の施設も破壊され、教会でも学校でも政治運動が行われました。やはり限界です!

「国安法」が生まれた理由

香港人が中国の悪口を言い続けても、返還後50年間は中国も我慢するだろうということが、これまでの中国の姿勢からは見えていたと思います。ただし、過激なデモ活動や破壊行為が続いたら中国の我慢が限界を越えるのは間違いありません。それと同時に、香港のデモを米国が裏で支援していたことがうかがえたり、外国による内政干渉への対抗から、今すぐに何とかしなければいけないと決断し、「国安法」が生まれたのです。

返還から23年経ても、香港のトップは自分で国の安全を守る法律を作らないから、この様子では2046年までに香港で「国安法」のような法律をつくる希望は全くないと感じた中国は「はい、香港ご苦労さま、出来ないなら我々がやります!」となったのです。

「国安法」についてメディア、議員、政治家、評論家、弁護士は、中国が一国二制度を破壊した、基本法違反だ、中国にそんな権限、権力はないと批判し、香港人はそれを拒否する権利があると主張しています。基本法18条にあるように中国が法律を増やす権力を持つのなら、今回のデモは「国防」とは関係ないのだから範囲外だ、法律は増やせないだろうと言うのです。それに対して、政府や社会などを脅かす暴力行為は「国防」と関係あるぞという反論もありました。

曖昧だから弁論できる

さぁ、そうなると、この「国安法」の内容が気になります。この法律に違反するのはどんな行為なのか全然はっきりしていないから、香港人は恐れるべき、誰でも逃げる準備をするべき、海外移民すべきだ! という声が上がっています。

法律の内容をはっきり書かない理由は実は、いつでも弁論できるようにするためです。だから市民や被告にとって不利だとは限りません。例えば、香港の裁判所では毎日、検察官と弁護士たちが激しく論争しています。どんな厳しい刑事の法律でも、起訴内容通りに被告が有罪なのかどうか、優秀で実力のある弁護士ならいつも法律の隙間を狙って、膨大な英語・中国語の法律の中から1つの条文を捜し出して裁判で闘います。

たとえ裁判官でも時々、法律の条文の解釈を間違えます。上訴審でまた間違ったけれど、最終的に終審法院までいってから、ようやく条文が確認、明らかにされたということがあります。これは欧米を含め、世界中の普通法(Common Law)の裁判で発生することです。

だから、香港のために作る法律が内容も文章もはっきり書いてないのは当たり前です。そうでなければおかしいです。100%はっきり書いたら、それもまたおかしいです。英国の法律や香港で長年使用する英国の法律にも、香港が自分で返還後に通過させた法律にもはっきり書いてない内容は当然あります。100%書いた法律なんて、まず不可能なこと。もしはっきり書いてしまうと、犯罪かどうか見極めにくい行為を裁く時にその行為がちょっとだけ条文からはずれていたら、すぐ無罪になる可能性があります!

香港人の安全を守る法律?

「国安法」が通過する前に、中央政府のスポークスマンも、香港の行政長官も、保安局長も、司法長官も口をそろえて、「国安法」は香港人の安全を守る法律で、極一部(ほんの少し)の人たちの人権に影響するだけですから、安心してくださいと言いました。しかし常識で考えたら、これらの発言もみんな間違っています。これで香港人を安心させようなんて子供みたいだと思います。反中国・反政府の人、しょっちゅうデモに参加する人、ちょっとデモに参加した人たちも、誰だって、当然安心できません。何の保証もできない発言だったら最初からしない方がマシです。

では、「光復香港、時代革命」というスローガンを書いたポスター、旗、横断幕、のぼりは「国安法」に違反するのでしょうか? これらの行為はわざわざ論争を起こし、政府に挑戦するためだと思います。こうした行為が中国政権を転覆させ、国を分裂させ、国の安全を脅かすことになるのかどうか、やる人自身はすでに内心よくわかっていると思いませんか? 自分が国の安全を脅かすような行為をしなければもちろん問題なし。わざわざ国の安全を脅かすという犯罪意識や目的がなければ厳しく取り締まられることはないでしょうけれど、もしそうじゃないとしたらこの人たちは当然「国安法」の適用対象となります。一言でいえば、こういう人たちは当然自分のことを心配すべきなのです。

失言した政府スポークスマン

両政府のスポークスマンは「ほんの少しの香港人」に適用するだけと言いますが、それは大きな失言です。なぜほんの少しの人数だけなのか? 人数の多い少ないで決定することではないでしょう? 今までのデモ・暴力行為にもしも「国安法」を適用したなら、犯罪者は何人いるか? 何十、何百、何千、何万人か? 誰も答えられないでしょう。ですから、「ほん少しの人数」と言うより、「国安法」を適用する対象がどのくらいいるかわからないと言うのが賢明です。「国安法」の施行後は1人だろうと100人だろうと違反者はすべて逮捕する、そのように言えば、誰も違反はしません。

法律の専門家ではないスポークスマンは「国安法」の内容について「こうすれば違反、こうすれば違反じゃない」というふうに言いますが、これは法律家の私から見たら非常識なやり方です。
要するに、もし法曹界出身者なら必ずこういう敏感な問題について勝手に個人的な意見を言わなかったはずです。答えれば答えるほど、混乱していきます。こうしてまた反中国派から攻撃されるチャンスを生んでしまったのです。

香港の法律による刑事裁判でも、優秀な弁護士は「犯行した、していない」と断言せず、「犯行する可能性が高いまたは低い」などとする専門的意見が多いです。だから1つの法律によって「何をすれば違反になる、ならない」と判断するためには、裁判で全面的に証人や証拠も研究しなければなりません。その前に、裁判官でさえ正確に判断できない案件が多いのが現状です。

ですから、「国安法」の内容を発表する前にこうすれば犯罪、ああすれば大丈夫と発言するのは大変危ないやり方と思います。場合によって慎重に発言したり、無口になることが必要です。
(このシリーズは2カ月に1回掲載します)

ケリーのこれも言いたい

「国安法」の制定後も、守り続ける必要があるのは、犯罪なのかそうでないのか、一切の処理、判断を裁判に委ねることです。自分の弁護士の専門意見を聞くことが大事。両地政府それぞれの代表の発言はせいぜい参考資料だけだと考えればよいのです。

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