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激動の香港 未来への考察

トランプ大統領による対中相互関税等の動向

このコーナーでは在香港企業様や香港をはじめ周辺地域でビジネスを展開される企業様向けに戦略コンサルティングをはじめとする各種アドバイザリーサービスを展開する立場から香港・中国本土・マカオを中心にビジネス環境の動向等に関してご紹介をさせて頂きます。昨今では香港民主化デモや香港版国家安全維持法の制定に伴い、「香港は死んだ」といったニュースが日本でも流れるなど、在香港日系企業様においても「今後香港はどうなっていくのか」「拠点を移転した方がいいのか」といったご懸念の声も聞こえて参ります。果たして、香港は本当にそのような悲観的な状況にあるのでしょうか。また、我々在香港日系企業は今後どのようにあるべきなのでしょうか。今回は、2025年1月に発足した第二次トランプ政権による対中(含む香港)相互関税の動向についてみていきたいと思います。

トランプ大統領による対中相互関税等の動向

米国トランプ政権は、中国本土と香港からの少額の輸入品について関税を免除する措置を取りやめることを4月2日に発表、5月2日から新たに関税を課しました。また、同措置に加え4月には世界共通関税及び相互関税を課す旨を発表したことにより中国政府との間で報復関税合戦が繰り広げられることとなりました。2025年1月20日の第2次トランプ政権の発足以降、わずか3カ月で米中摩擦は急展開を見せた形となります。

主な経緯ですが、第2次トランプ政権発足後間もなく、2月4日に合成麻薬フェンタニルの米国流入への対応不足を理由に中国に対して対中輸入全額に対して10%の追加関税を課し、翌3月3日にはさらに10%の追加関税を発表しました。これに対し中国側は様々な対抗策を組み合わせてはいたものの報復関税の対象をエネルギーや食糧などといった対象に絞るなど限定的な対応にとどまっておりました。その後、4月2日にトランプ政権より発表された中国に対する追加関税は累計54%と高水準の関税措置でありトランプ大統領が選挙戦時に公約で掲げてきた60%とほぼ同じ水準まで上昇したことをうけ、中国も報復措置として対米輸入全額を対象に同等の税率で報復措置を実施しました。更にこれを受けアメリカは4月9日に報復措置に対する報復措置を発動、間を置かずに中国も報復措置を発動、さらに米国も報復措置(累計145%)するなど、わずか1週間の間で激しい関税合戦が展開されました。

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これら米国による対中国関税措置については香港・マカオにも適用がなされ、4月2日には中国からの輸入に対して非課税基準額(デミニミス)ルールの適用を停止する大統領令を発表、これまで関税支払いが免除されていた800米ドル以下の少額貨物に対して、5月2日以降関税が課されることになりました。新たな措置として輸入品の申告額の120%の関税、または、1件あたり100米ドルのいずれかが適用され、アメリカ東部時間の6月1日からは、1件あたりの関税額を200米ドルに引き上げるとしています。デミニミス・ルールは通関の手続きを簡素化することによって国際郵便や小口配送などを活性化するねらいがありますが、アメリカ政府の税関・国境警備局によると、この措置が適用された貨物は2024年だけでも13億6千万件を超え、足もと10年間で約10倍にも拡大したということです。この急拡大の背景には、中国発のネット通販事業者の、SHEINやTemuが低価格の衣料品や生活用品などを同制度を利用し大量に輸出し、販売していることがあるとされています。2023年6月に米国議会委員会が取り纏めた報告書は同2社だけでデミニミス・ルールが適用された貨物の3割以上を占めていたと指摘、中国企業が関税制度の抜け穴としてルールを悪用しているという批判が出ておりました。こうしたことも踏まえトランプ政権は4月、中国本土と香港からの輸入品について同措置の適用を取りやめ関税を課すことにしたと考えられます。

香港政府及び香港経済界の反応

アメリカは香港にとって3番目に大きな貿易相手国です。具体的な数字としては2024年の香港の対米輸出総額は2,955億香港ドル、対米輸入総額は2,060億香港ドルでした。香港の世界に対する総輸出額は約4.5兆香港ドル、世界からの総輸入額は約4.9兆香港ドルなので、香港の対米輸出額は世界の総輸出の約6.5%、対米輸入額は4.2%にあたります。

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貿易発展局は、近年香港の輸出が多様化していることから、米国の貿易戦争は「香港を滅ぼすものではない」とし、影響を受けると予想される商品は3%にとどまる述べる一方、陳茂波(ポール・チャン)財政長官は4月6日の米国の相互関税の発表を受け、ブログ上で香港が自由貿易港であることの重要性を強調しつつも、「国際貿易のハブである香港においても短期的に一定の影響を受けることを避けられない」との見方を示しました。一方で、「自由貿易港としての地位を維持し、自由貿易政策を継続実施」することもあわせて強調、米国の相互関税措置に対して香港として報復関税を課す意図はない旨を示唆しました。李家超(ジョン・リー)行政長官も4月8日のメディアセッションにおいて、「米国はもはや自由貿易にコミットしておらず、国際的に確立された世界貿易のルールを恣意的に損ねている。その残酷な行為は、グローバルな多国間貿易に損害を与えている」と遺憾の意を述べる一方で、香港は自由港としての地位を維持し、現時点では米国に対し報復関税を課す計画はないと述べました。加えて、米国の相互関税発動に対する緩和策として、貿易・ビジネス強化策についても言及、東南アジアや中東などとの自由貿易協定の拡大を含む、他の地域との貿易・ビジネス連携を強化する方針を示しました。具体的には自由貿易協定(FTA)の締結及び地域的な包括的経済連携(RCEP)への香港の早期加盟の実現を目指すとともに、エジプト、トルコ、カンボジアに新たな香港貿易事務所を設置する計画も明らかにしました。また、香港金融管理局は4月8日、銀行部門とともに各産業の中小企業支援を進めると発表しました。企業の流動性ニーズの支援のため、柔軟な返済条件や返済期間の延長を含む信用救済措置を柔軟に提供していく予定ということです。

一方で、最新の関税措置はアメリカにおける小売価格を倍増、インフレを助長し、米国への商品販売を減少させ、香港の一部の輸出業者は廃業に追い込まれる可能性があると業界関係者はサウスチャイナモーニングポスト紙に語っています。香港の宝飾品業界などは当該影響を大きく受けると予想されており、事実上すべての国に対して10%の一律関税がかけられることにより、租税回避策としての東南アジア諸国への生産移転も不可能になっている点もこれに拍車をかけているとのことです。香港珠寶製造業廠商會の葉美珠会長も同誌に対し「多くの企業はアメリカ市場で事業を縮小するか、あるいは撤退という選択を迫られる」と述べています。今回の関税措置はヨーロッパ、東南アジア、中東など多様な市場を持ち、多様な製品を扱っていても、マンパワーが限られている中小企業にとって特に大きな影響を及ぼすものだと指摘しています。上記の香港金融管理局による中小企業支援策は中小企業へのネガティブ影響に対応するためのものと理解できます。

3月に明らかになった香港の多国籍コングロマリットの長江和記実業(CKハチソン)による米系資産運用会社傘下(正確にはブラックロック及びスイス系海運大手MSCグループの共同事業体であるブラックロック‐TiLコンソーシアム)へのパナマ運河の港湾やその他資産の売却計画についても、4月に入り中国当局がストップをかけるとともに、国家市場管理監督総局による調査・審査により延期がされるなど、足もとの米中貿易摩擦が中国・米国のみならず在香港企業にも影響を出し始めております。香港のみならず世界的に大きな影響のある所謂トランプ関税ですが、特に中国との間での交渉の推移、それに伴う中国経済の影響が香港にも大きな影響をもたらすものと考えられますので、引き続き注視が必要と考えられます。

【筆者紹介】

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長谷川慧(はせがわけい)

YCP Hong Kong Limited香港オフィスマネージャー/パートナー/公認会計士

監査法人にて大手金融機関の監査を担当したのち、エネルギー関連企業にて経営企画・事業開発を経験。YCP参画後は中期計画・投資戦略立案やPMI支援等に従事する傍らグループで投資した食品関連事業会社のマネジメントに従事。2018年より香港にてM&A支援や戦略立案・ガバナンス改革支援など幅広くアドバイザリー業務に携わる。

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