香港と中国本土の政治・経済・社会ニュースを日本語で速報します
よくわかる税金問題

香港における強制積立金(MPF)と解雇補償金・長期服務金との相殺廃止について

このコーナーでは、香港・中国及び日本の会計・税務に関する問題についてご紹介させていただきます。

香港の年金制度である強制積立金(Mandatory Provident Fund)と退職金である解雇補償金(Severance Payment)・長期服務金 (Long Service Payment)の相殺が2025年に廃止されることは過去に何度か解説済ですが、2025年5月1日から正式にスタートされますので、改めてMPFと解雇補償金・長期服務金の相殺廃止に関する概要及び留意事項について解説いたします。

香港の年金制度MPFとは

香港の強制積立金制度MPF(Mandatory Provident Fund。以下、「MPF」とする)は、2000年12月1日に開始された退職後の生活を支えるために設けられた制度で、従業員と雇用主が共同で資金を拠出することにより、従業員の退職金を蓄えるためのものとなります。従業員及び雇用主が毎月の収入の5%(上限1,500香港ドル)を積立金としてMPF口座に拠出していくこととなります。

香港の退職金制度SP及びLSPとは

香港の解雇補償金(Severance Payment。以下、「SP」とする)と長期服務金(Long Service Payment。以下、「LSP」とする)は、従業員が特定の条件を満たした場合に支払われる退職金です。

SPは、従業員が24ヶ月以上の継続的契約に基づき勤務しており、かつ以下のいずれかの条件に該当する場合に支給されます。

  • 従業員が余剰人員整理により解雇された場合
  • 固定期間の雇用契約が満了し、余剰人員整理により契約更新されなかった場合
  • 従業員が一時解雇(レイオフ)された場合

LSPは、従業員が5年以上の継続的契約に基づき勤務しており、かつ以下のいずれかの条件に該当する場合に支給されます。

  • 従業員が重要な不法行為または余剰人員整理以外の理由により解雇された場合
  • 固定期間の雇用契約が満了し、契約更新されなかった場合
  • 従業員が健康上の理由で退職した場合
  • 従業員が在籍期間中に死亡した場合
  • 従業員が65歳以上で退職した場合

SPとLSPの計算方法はいずれも同様で、従業員の最終勤務月の1ヶ月の給与の3分の2に勤続年数を乗じたものです。ただし、計算に使用される月給は22,500香港ドルを上限とし、また、計算額の上限は1人あたり390,000香港ドルとなります。

なお、従業員が同時にSPとLSPの受給資格があっても、どちらか一方の給付が支給されますので、両方を同時に受け取ることはできません。

退職金とMPFの相殺制度

従来は、従業員へSPまたはLSPを支給する際、その退職した従業員のために雇用主側が積み立てていた退職時点までのMPF積立額を、MPF信託会社に返済してもらうといった「相殺」手続きが可能でした。これにより、香港にある企業は退職金の実質的な負担額を僅少に抑えることができていたと思われます。しかし、2025年5月1日からこの制度が廃止され、雇用主は従業員へ退職金の支払時において、雇用主が当該従業員に積み立てていたMPFをMPF信託会社から返済してもらうことができなくなります。すなわち、退職金の全額が企業の負担となります。

相殺廃止後の退職金の計算方法

しかしながら、2025年5月1日からの相殺廃止により、全ての退職金が相殺できなくなるわけではない点には留意が必要です。2025年5月1日をtransition date(=移行日)とし、移行日前の雇用期間に該当する退職金については引き続き相殺可能で、移行日以降の雇用期間に該当する退職金のみが相殺廃止の対象になるとされています。従って、相殺廃止に伴うコストの増加に備えて、2025年5月1日までに従業員を解雇してしまう等の対応を取ることに意味はありません。

相殺制度の廃止後の補助金制度

さらに、長らく続いてきた退職金とMPFの相殺制度が廃止され、雇用主が従業員の退職金を全額負担することとなるのは企業の負担増加に繋がるため、香港政府は雇用主の負担を軽減させるための補助金制度を準備しています。これにより、2025年5月1日以降の雇用期間に該当する退職金に関しても、雇用主は当面の期間は政府に補助金を申請することが可能です。各従業員のSP、LSPに対する負担率または負担の上限額の計算方法は、雇用主が支払った退職金の年間累計額が500,000香港ドルを超えるかどうかで区分され、以下の表のようになります。これらの負担上限額を超える分について補助金が支給されることとなります。

相殺廃止後 各従業員のSP、LSPに対する負担率または負担の上限額
退職金年間累計額500,000香港ドル未満 退職金年間累計額500,000香港ドル超
1~3年目 50%または3,000香港ドル(いずれか低い方) 50%
4年目 55%または25,000香港ドル(いずれか低い方) 55%
5年目 60%または25,000香港ドル(いずれか低い方) 60%
6年目 65%または25,000香港ドル(いずれか低い方) 65%
7年目 70%または50,000香港ドル(いずれか低い方) 70%
8年目 75%または50,000香港ドル(いずれか低い方) 75%
9年目 80%または50,000香港ドル(いずれか低い方) 80%
10年目 80% 85%
11年目 80% 90%
12年目 85% 95%
13年目 85% 100%
14~19年目 90% 100%
20~25年目 95% 100%

会計上の影響

日本では、従業員の退職金や年金の支払いに備えて退職給付引当金を計上することが一般的ですが、香港においては、従業員へのSPまたはLSPの支給が行われてもMPF相殺制度により企業側の実質的な費用負担額が僅少であったため、退職給付引当金を計上していない企業が大多数だったと思われます。相殺制度の廃止後も25年間は補助金によりある程度は企業側の支出が抑えられるものの、従前よりは企業の費用負担が増える可能性が高いことから、会計上、退職給付引当金の計上が必要となる企業が増加する見込みです。退職給付引当金の計算は、退職金の支給が発生する可能性、発生する時期、退職金発生時の将来給与額を見積もるための昇給率、将来支給される退職金の額を現時点の価値に割り引くための割引率など、多くの確率や統計等を用いた仮定計算が必要となるため、その計算方法について、事前に会計監査人と協議しておくことが望まれます。

著者紹介

フェアコンサルティング香港/深圳・広州

日本、香港、中国、ベトナム、シンガポール、インド、台湾、インドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン、メキシコ、オーストラリア、ドイツ、アメリカ、イスラエル、ニュージーランド、オランダ、イギリスを拠点に多数のグローバル企業のサポートを行っているフェアコンサルティンググループの香港及び深圳・広州拠点。同グループは国税当局や大手会計事務所出身で経験豊富な公認会計士、税理士が、日系企業が抱える諸問題を解決するための税務、財務戦略を企画、立案、実施支援しています。

<連絡先>

香港事務所

責任者:山口和貴

電話:+852 9283 2096

  メールアドレス:ka.yamaguchi@faircongrp.com

中国事務所

責任者:粟村英資

電話:+86 138 1707 3605

メールアドレス:hi.awamura@faircongrp.com

今なら無料 日刊香港ポストの購読はこちらから
香港メールニュースのご登録

日刊香港ポストは月曜から金曜まで配信しています。ウェブ版に掲載されないニュースも掲載しています。時差ゼロで香港や中国各地の現地ニュースをくまなくチェックできます。購読は無料です。登録はこちらから