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香港会計・税務

香港上場企業の新しいESG開示基準

近年、気候変動や持続可能な経済活動に対する世界的な関心の高まりにともない、企業の環境・社会・ガバナンス(ESG)への取り組みが重要視されています。このような背景の中、香港証券取引所(HKEX)は2024年4月に新たな気候関連開示基準(以下、“新基準”)を公表しました。この新基準は、国際財務報告基準(IFRS)S2「気候関連開示基準」との整合性を最大限に図り、香港市場における企業の透明性を向上させることを目的としています。そこで今回はこちらの新基準について解説します。(デロイト トウシュ トーマツ香港事務所 関本 崇)

背景と目的

新基準は、IFRS S2「気候関連開示基準」に可能な限り一致するよう設計されており、企業が気候変動に対するリスクと機会をどのように管理するか、またそれが財務にどのように影響を及ぼすかを詳述することを求めています。新基準の中核部分(Core Content)では、企業に求める情報開示を、「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、そして「指標と目標」の4つに分類しています。それぞれの分野は、企業がどのように気候関連の影響に対応しているかを明確に示す役割を担っており、投資家やステークホルダーがより深く企業の取り組みを理解できるように設計されています。

  1. ガバナンス(Governance)

気候関連の課題に対する企業の意思決定構造がどのように機能しているかを示すセクションです。企業は取締役会や経営陣が気候リスクおよび機会をどのように監督し、戦略的な判断を下す際にどう関与しているかを詳細に開示する必要があります。これには、気候変動に関連する目標や重大な方向性を定めるための役割分担も含まれます。

  1. 戦略(Strategy)

企業が気候関連のリスクと機会を特定し、それを事業活動や財務計画にどのように反映させるかを開示する部分です。このセクションでは、短期、中期、長期にわたり気候変動が組織に与える影響を評価し、それに基づいた適切な戦略を立案する方法を明らかにすることが求められます。また、気候シナリオ分析を活用して、可能性のあるさまざまな将来に備える取り組みについても記述する必要があります。

  1. リスク管理(Risk Management)

気候関連のリスクをいかに特定・評価し、管理しているかを開示する部分です。特に、気候変動が短期的、長期的にどのような形で事業に影響を与える可能性があるのか、それを管理するための具体的なプロセスやツールが示されることを目的としています。この情報は、企業が気候変動に対する準備が十分かどうかを投資家が判断する上での重要な基準となります。

  1. 指標と目標(Metrics and Targets)

気候関連の取り組みを具体的かつ測定可能な形で示すためのセクションです。企業は温室効果ガス(GHG)排出量やエネルギー使用量などの具体的な指標を報告し、それに基づいて達成を目指す削減目標を設定・評価する必要があります。これには、スコープ1・スコープ2排出量だけでなく、スコープ3(バリューチェーン全体の排出量)に関するデータも含まれます。

発効日と実施免除措置

企業が新基準に円滑に適応できるよう、段階的な実施アプローチ(Phased Approach)を採用しています。このアプローチは、企業規模や市場区分に応じて適用される基準の厳格さや発効日を調整することで、企業への負担を軽減しつつ、透明性の向上を目指すものです。具体的には表1のようになります。

段階的な実施アプローチは、企業が新基準に適応するための時間を確保し、リソースや能力に応じて準備を整えられるよう配慮されています。このアプローチの主な特徴は以下の通りです:

  1. 企業規模に応じた柔軟性
    大規模企業は、より厳格な基準が早期に適用される一方で、中小規模の企業には柔軟な適用が認められています。これにより、企業のリソースや専門知識の差を考慮しつつ、全体として市場の透明性を向上させることが可能となります。
  2. Scope 3排出量の段階的導入
    Scope 3排出量(バリューチェーン全体の排出量)の開示は、計測やデータ収集が複雑であるため、最も遅いタイミングで義務化されます。これにより、企業はScope 1およびScope 2の排出量開示に注力しながら、徐々にScope 3の準備を進めることができます。
  3. 「遵守または説明(Comply or Explain)」の適用
    一部の企業には、開示が難しい場合にその理由を説明する選択肢が与えられています。この仕組みは、基準への完全な適応を促しつつも、企業の状況に応じた柔軟な対応を可能にするものです。

加えて、HKEXは4つの実施免除措置を設けています。合理的情報免除は、情報収集が困難な場合に、入手可能なデータに基づく開示を認めるもので、Scope 3排出量の測定や気候シナリオ分析に適用されます。能力免除は、技術的リソースが限られる場合に活用され、財務的影響の定量化やシナリオ分析が対象です。商業的機密免除では、競争上不利になり得る機密情報を開示する必要がありません。財務影響免除は、未来の不確実性を考慮し、財務影響の開示を緩和します。

まとめ

香港証券取引所(HKEX)が発表した新たな気候関連開示基準は、国際基準(IFRS S2)と整合し、企業の気候変動リスクや機会への対応を「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4分野で明確化しています。加えて段階的な実施アプローチや免除措置を通じて、企業の負担軽減と透明性向上を両立し、持続可能な成長を促進する枠組みとなっています。

 

筆者紹介

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独立系証券会社を経て2007年にオーストラリアの会計大学院を卒業後、Deloitte Touch Tohmatsu香港事務所入所。日系企業の会計監査、税務アドバイザリー、香港進出サポート業務に従事。その他、香港のベーカリー・レストランチェーンにおいて経営の見える化、業務改善、業務管理体制構築の経験を有する。在香港歴は17年。

香港公認会計士、オーストラリア公認会計士、英国勅許管理会計士

MBA (Manchester Business School)

会計学修士 (Australian National University)

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