アライアンス・フォーラム財団会長、香港特別行政区政府HKSTP特別顧問、香港中文大学医学部栄誉教授、香港中文大学経営学大学院招聘教授
原丈人さん
プロフィール
1952年大阪生まれ。27歳まで中央アメリカの考古学研究を行う。その後、研究資金を作るために渡米し、81年米スタンフォード大学工学部大学院在学中(工学修士)に、米国初の光ファイバーディスプレイ開発会社を創立。84年、情報通信や生命科学分野の先端技術に出資し世界的な事業へと育てるデフタ・パートナーズを設立し、米英イスラエルを拠点に活動。85年、アライアンス・フォーラム財団(国連経済社会理事会の特別協議資格を持つ米国財団)を創設。地球上に健康で教育を受けた豊かな中間層を作り出すことを目的に様々な事業を行ってきた。90年代には、全米第2位のベンチャーキャピタルの経営者となった。2000年以降は、国連政府間機関特命全権大使、国連経済社会理事会の特別協議資格を有する合衆国非政府機関の会長、米国共和党ビジネス・アドバイザリー・カウンシル名誉共同議長、ザンビア共和国大統領顧問、ダボス会議(世界経済フォーラム)カウンシルメンバーなどを歴任、社会課題の解消に取り組んできた。日本政府では、財務省参与、内閣府参与、首相諮問機関特別委員、経済財政諮問会議専門調査会会長代理、法務省危機管理会社法制会議議長などを歴任し、健康で豊かな中間層で溢れる日本にする為の制度改正を主張してきた。香港では、特別行政区HKSTP特別顧問、香港中文大学医学部栄誉教授、香港理工大学国際評議会メンバーとして科学技術分野を牽引する一方、香港中文大学経営大学院招聘教授として公益資本主義の普及に努める。著書の「21世紀の国富論」は、欧米のみならず今年、中華人民共和国政府 国家行政院によって翻訳出版され、将来の指導者に対する教科書として使われることになった。安倍政権で内閣参与を8年間つとめ、その間、岸田総理が、自民党政調会長時代の2018年に、著書「新しい資本主義」2009年PHP新書を手渡し、「公益資本主義による所得倍増実現案」を提起したことでも知られる。岸田総理は、新しい資本主義実現会議を立ち上げたので、「令和の所得倍増実現」を実現することを多くの国民が期待している。
7月1日より李家超(ジョン・リー)氏による新政権が発足した。経済政策には香港国際イノベーション科学技術センターの発展による経済の転身をあげている。香港特区政府科学技術顧問である原丈人氏に香港の科学技術振興の動向からみる可能性について伺った。(聞き手・編集部 楢橋里彩)
――香港の昨今の状況をどう見るか。
香港版国家安全法が施行されて以降、香港は自由を奪われてしまうなどと騒がれていたが、国の分裂や政権の転覆、外国勢力と結託して国家の安全に危害を加える行為などを取り締まるため、政治活動や言論の引き締めは厳しくなった。シンガポール政府や米国政府も同様の法律を持っているので、香港だけが特殊ではない。治安を取り戻した今、香港は今後大きく繁栄していくであろう。加えて香港政府が積極的に推進している政策の科学技術分野は今後さらに大きく発展するだろう。たとえば2017年に政府が20億ドルを拠出し設立した「創科創投基金」は、リスクキャピタルが香港の科学技術イノベーション企業に投資するのを促進する。
ほかにも、香港科技園内に医療ヘルスケア科学技術、人工知能(AI)とロボット技術の二つのイノベーションプラットフォームの建設、さらに、深圳市との境の落馬洲に建設している「港深創新及科技園」は香港と深圳が連携して開発する未来志向の科学技術イノベーション研究開発基地である。香港中文大学や香港大学、香港理工大学、香港科技大学といった世界トップクラスの研究開発機関が揃っているだけでなく、米MITやスタンフォード、ハーバード、シカゴ大学や英オックスフォードやケンブリッジ大学、仏パスツール研究所、スイスのETHなど世界の最先端研究機関が香港に研究所を設立することを発表し多数が開設した。香港、マカオ、珠江デルタ9市からなる粤港澳大湾区(GBA)でのイノベーション科学技術の発展は香港が主導する。香港が国際科学技術イノベーション・センターとなることは、すでに第13次5カ年計画に盛り込まれていて、中国の科学技術拠点の中心に香港は位置付けられている。
40年間にわたり米欧イスラエルで事業を行ってきたが、世界を俯瞰的に見て、先端科学技術研究開発は、シリコンバレーやボストン近郊と同等以上に香港グレーターベイエリアが重要な役割を果たす日も遠くはないだろう。このことを見越して、デフタ パートナーズは13年に香港拠点を設けた。デフタパートナーズは、米日の拠点に加え、科学技術の精通した強力なチームを香港に組成したので、多数の科学技術テーマの中から厳選して資金的支援を行い事業化する。今までに米英イスラエルでいくつもの世界的ベンチャーを作り上げた経験を香港で生かすことになろう。我々は香港に集まる世界の先端研究機関がどの様に事業化を行っていくのかについて助言を求められるので、この情報を整理して、日本企業に、出資や事業提携を推進する機会をもうけ大きな成長を牽引する事業を共に構築したい。
香港科技園(香港サイエンスパーク)
――香港では政府が全面支援するなど、協力的な印象を受けるが。
香港の経済環境は資金調達、法整備、製造拠点へのアクセス、知的財産権の保護などの面で整備されており、現在香港には約2000社ものスタートアップ企業が存在する。約4割は海外からの企業家であることから見ても海外起業家にとって香港の魅力は大きい。香港科技園(香港サイエンスパーク)や数碼港(サイバーポート)は、特に海外から進出を検討する企業にとっては心強いサポートを行っている。また香港は近年の高齢化に伴い高齢者産業における民間ビジネスを積極的に推進しており、日本の介護サービス、福祉機器・用品および関連製品のビジネスチャンスは今後増えていくに違いない。
――今後の日港間の協力体制について。
日本と香港における実務協力を推進においては18年に当時の林鄭月娥香港行政長官と、当時の外務大臣・河野太郎氏が会談、経済関係強化するべく共同ステートメントを発表し日港間のハイレベルの交流は日港関係の強化に資するとの認識で一致した。林鄭長官が18年10月に訪日し、東京で 「香港ウィーク」が開催された。この時に、林鄭長官からの要請でビジネス・ラウンド・テーブルをアライアンス・フォーラム財団が開催した。この時、香港の将来性を理解したロート製薬は、山田会長のリーダーシップのもと、香港デモについての偏った報道に惑わされることなく再生医学分野で先端研究所を開設した。22年度に拡張しGBAの成長に対応した先を読んだ事業展開をされている。GBAは中国で最も豊かな7000万人の中間層を有する地域で、GDPはカナダよりも大きい。巨大市場を相手に、日本企業は、ロート製薬のように、将来を見据えて香港を活用することで大きく成長できる。
「一国二制度」の下での香港独自の地位と、国際貿易・金融センターとしての役割を梃子に、香港と日本が今後さまざまな分野で実務的な協調をさらに深め、拡大していくことを約束した。なかでも医療分野,スマートシティやイノベーション分野において日港企業間のビジネスを促進するため協力していくことで一致した。18年11月に香港貿易発展局主催で開催された「Think Global, Think Hong Kong」では、私は香港がスマートシティからグレートシティへと変貌させる意味と果たす役割について基調講演を行った。これは今後、「アライアンス・シティー」として実現していくであろう。
高齢化が進む香港は日本にとっては介護・医療分野で進出しやすい。このチャンスを利用すれば将来的にGBAを通じて中国全土の市場で利益を得ることができる。一国二制度が経済面で維持されてることは中米両国が望むところなので、香港は日米欧の企業にとって引き続き極めて活用しがいのある場所であり続けるであろう。今年7月には、中華人民共和国政治協商会議副主席の梁振英元香港行政長官からの要請を受け、彼を団長とするビジネス使節団をアライアンス・フォーラム財団が受け入れ、3日間にわたり日本の経済界との交流の機会をつくった。安倍元総理とは本件を事前に話し、日米同盟を堅持したうえで、香港を通じての日中間の経済関係改善する案を相談していた。安倍元総理は日中間で香港の果たす役割の重要性をはっきりと認識された貴重な存在であった。今後は、日本と香港の経済界の交流のみならず、政府間、政治家の間での交流が促されると期待する。香港政府は19年には米国でビジネス・ラウンド・テーブルを開催し、共和党のビジネス諮問会議名誉共同議長の私も米国側の挨拶を行った。数多くの米国企業は、香港を拠点に中国への事業展開を期待する。テスラモーターズが一兆円に近い対中投資を行い自社生産に加えて、電池や車載半導体、自動運転システム、内装産業などを含む巨大産業エコシステムを作り上げた。JPモルガン、ゴールドマンサックスが中国内に100%出資子会社を設けたことでもわかるように、表面的な米中対立が政治的には必要な要素である一方、経済面で米中間の協力関係も進む中、日本だけが取り残される羽目なことになってはいけない。1989年の天安門事件以降、冷えきったはずの米中関係が、「ジャパンパッシング」と言われるほどに日本抜きで緊密になったことも思い出して、十分に注意しながらも、叡智を活用し日本と中国の双方にとって有益な関係を構築するには、米欧の先端研究機関がこぞって進出した安定した香港を活用することが肝要である。
――日本の科学技術イノベーション分野の現状についてはどうか。
人口減少・少子高齢化が進む我が国では、科学技術イノベーションこそが経済成長や生産性向上の源泉となる。諸外国が政府研究開発投資を拡充する中、日本の科学技術関連予算は90年代は増加したものの、2000年以降については、当初予算ベースではほぼ横ばいである。岸田政権は、政府研究開発投資を大幅に増やし、科学技術イノベーションの基盤の強化がをすべきだ。欧米の成功例を追うのではなく、日本国民を健康にし、豊かにできるようなコア技術を中長期で支援できるように研究資金をつけることが重要だ。さらに、ノーベル賞受賞者の湯川秀樹氏らが指摘されるように、新しく何かを作り出すときには、ひらめきや直感という論理ではなく感覚から生まれる。この感覚を、言語化して論理化する過程は、母国語でしかできないので日本語を完全に会得することが重要なのだ。日本語もまだ十分に使いこなせない小学校から中途半端な英語教育をするというような愚かな文部教育政策は直ちに撤回すべきだ。英語化を続けると日本からノーベル賞をとるような独創的な研究者の数は大きく減るであろう。
――注目している日本の科学技術研究開発は。
合成生物学と人工知能を駆使して未来の製品が開発できるバッカス・バイオイノベーションには注目すべきだ。二酸化炭素を原料として蛋白質や天然ゴム、生分解性プラスチック、バイオ燃料を創る事ができる技術があり世界最先端を走っている。同社は神戸大学副学長・科学技術イノベーション研究科長 近藤昭彦教授らがNEDOプロジェクトなどで培ってきた技術をもとに生まれ、デフタ パートナーズや事業会社の出資を受けて昨年誕生した。半導体産業はすでに大手電機電子機器各社が独自に半導体を製造するのではなく、ファウンドリーとして最先端製造技術を集約した台湾セミコンダクター(TSMC)に外注する。TSMCの持つ極限の製造技術が新たな製品を生み出すエコシステムが出来上がっている。同様に、化学生物バイオ分野も、10年後にはバイオファウンドリーが、顧客ニーズに合わせてスマートセルを設計し、食品、化粧品や薬品の最も重要な要素成分を作り出すことができるようになる。マイクロバイオームの分野でもバッカス・バイオイノベーションの革新的技術は応用でき、研究が進むと、飲めば飲むほど認知症の治るビールなどの飲料や、食べれば糖尿病が治る菓子などが開発出来るようになり面白い展開ができる。