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哲学エッセイ 風土

高雄と台東、そして金門へ

台湾の風土とは何か。日本統治下の台湾で生まれた洪耀勲は、1936年に日本語で「風土文化観――台湾風土との連関に於て」という論文を発表した。前年には和辻哲郎の『風土――人間学的考察』が出版されたばかりである。和辻は風土の類型として、「モンスーン」「砂漠」「牧場」を挙げているが、たとえば日本の風土は「モンスーン」型に属しており、夏は高湿・雨季、冬は乾燥・乾季となる。そして自然の恵みと脅威が共存することで、「受容的忍従的」な人間の特性が生まれるという。

台湾の風土に関しては、洪は「典型的な「タイフーン」地域に属し、四面海に囲まれ、峻嶺高峯起伏するところの南北に細長き亜熱帯に位する」と述べ、「幾分の特異性を認めながらも、結局南支の類型や様式に帰宗される」とした。しかし、台湾は南中国とは異なり、半世紀(1885ー1945)にわたり日本の統治下に置かれた。したがって、台湾ならではの風土が形成されているといえよう。この台湾特有な風土は、日本人でもなければ漢人でもない、台湾原住民に深く関わっている。

たとえば「高雄(Kao Hsiung)」という地名は、もともとマカタオ族の言語で竹林を意味する「Takau」に由来している。のちに漢人が「打狗」という字を当て、日本統治期には「打狗」を「高尾(Takao)」に改名しようとしたが、最終的に「高く雄々しく飛翔する」という意味を込めて「高雄」となったという。

西子湾を一望できる国立中山大学で開催された「共生」研究会に参加したが、ホテルの近くに「打狗英国領事館」があり、これは台湾に現存する洋館の中で最も古いものとされている。また、高雄港の入り口にある「雄鎮北門」という砲台跡があり、旗津という細長い島にある「旗津砲台」とともに高雄を守っていた。これらはかつて日本軍、戦後には中華民国国軍の軍師施設として利用されたが、現在、観光地として一般公開されている。

pastedGraphic.png打狗英国領事館

 

「共生」研究会の中日には、同大学関係者の案内で台東ツアーが行われた。台風18号の大雨により花蓮県では大規模な洪水災害が発生したものの、台東県では大きな被害がなく、予定どおり原住民が運営する「猟人学校」、アートによる地域振興を行う「台東表演芸術創生基地」・南島文化を紹介する「国立台湾史前文化博物館」、アミ族文化を積極的に発信する「都蘭国」、そして2015年に再建された「鹿野神社」を見学することができた。また、台湾原住民文学の旗手である卑南族のPaelabang Danapan(漢字名:孫大川)の実家と、その近くに住む人間国宝の織物作家Sunay Paelabang (漢字名:孫菊花)の工房に訪れた。家族の物語や、日本語の歌などを聞くことができ、忘れがたい貴重な時間であった。

pastedGraphic_1.png鹿野神社

 

台湾の風土をさらに深く感じたのは、先日の金門への出張である。朝、羽田空港から台北松山空港経由で金門空港へ向かい、金門大学に着いたのは夕方だったが、飛行機の窓から見下ろす金門島と中国大陸との距離は驚くほど近い。洪の考えに従えば、この島の風土は南中国に限りなく近い。たしかに、金門の食文化は台湾よりも、福建料理や広東料理に近い。しかし、風土は地理的・気候的条件ではなく、歴史と文化に関係している。じっさい、金門には金門ならではの風土が存在していた。たとえば、島には高粱(モロコシの一種)の畑が多く、蒸留酒が名産であるが、水道水の7割くらいは中国福建省から供給されている。また、海鮮料理の店が多いにもかかわらず、漁師はほとんどいない。戦争地域だったこの島は、長らく漁が禁止されていたからである。

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高粱の畑

戦争の記憶はいかに伝承されているのか。帰りの便に乗る前に「八二三戦史館」を訪れた。「八二三」とは1958年8月23日から10月5日まで解放軍が金門島に砲撃を行った戦争をさしている。さらに同年から1979年まで、「單打雙不打」(奇数日のみ砲撃し、偶数日には砲撃しない)」という長期の砲撃戦が続いた。金門に着弾した爆弾の弾殻は上質の鋼であったため再利用され、「金門包丁」という土産となった。

pastedGraphic_3.png八二三戦史館

 

トンネルを掘って作られた「迎賓館」という宿泊施設も見学したが、テレサ・テン(鄧麗君)がかつてここに泊まったという。彼女は観光ではなく、兵士たちを励ます慰問活動のために金門を訪れ、またラジオを通じて「大陸の人々にも民主と自由が享受できるように」と呼びかけていた。かつて冷戦の最前線として十万人以上の軍が駐在していた金門には、いまや数千人規模の兵力しか残っていないという。中国との「三通」(通商、通郵、通航)が事実上停止し、台湾有事の可能性も否定できないなか、もし彼女が今も生きていたなら、どのような言葉を発していただろうか。

pastedGraphic_4.png軍服を着ているテレサ・テン

 

 

【筆者紹介】

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張 政遠
香港生まれ香港育ち。東北大学に留学・博士号を取得。専門は日本哲学。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。東アジア教養学の理論や演習などの授業を担当。著書に『西田幾多郎』(単著)、『日本哲学の多様性』(共編著)など。趣味は「巡礼」すること。

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