昨年は新型コロナウイルス感染症(COVID―19)流行を克服して経済回復を果たすなど目まぐるしく動いた中国。2022年の経済動向と今後の課題について、中国経済に詳しいキヤノングローバル戦略研究所の瀬口清之氏に話を伺いました。インタビューは2回にわけて掲載。(インタビュアー・執筆/楢橋里彩)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 瀬口清之さん

プロフィール
1982年3月東京大学経済学部卒業、同年4月日本銀行入行。91年4月在中国日本国大使 館経済部書記官。2004年9月米国ランド研究所International Visiting Fellow。06年3月日本銀行北京事務所長。09年4月現職。10年11月アジアブリッジ<主に日本企業の中国ビジネスを支援>を設立。日米中各国の大学・シンクタンク、日本の中央省庁、企業・経済団体等での講演は年間数十回に及ぶ。

――中国は昨年夏に起きた恒大集団の破たんにより不動産バブル崩壊と言われてますが、実情はどのようなものなのでしょうか。
私はかねてから中国は1980年代から続いている高度成長期が2020年代半ばに終わって、安定成長期への移行局面に入ると説明してきました。2030年頃には実質経済成長率が3%前後まで低下すると予測しています。
「中国2025年問題」(65歳以上の人口が全人口の14%に達し高齢社会となる)と呼ばれるリスクが確実に近づいています。中央政府はこの問題を十分認識しており、2017年の党大会(十九大)では1978年12月以来約40年間続けてきた経済成長優先の国家目標を転換し、経済社会の質の向上重視へと大きく舵を切り、同年12月の中央経済工作会議で3つの改革を掲げました。それは経済リスクの低減、貧富の格差縮小、環境保護強化です。
2020年代後半は経済成長が急速に低下し、経済不安定化リスクが高まると見られています。中国政府はそれに備えて日本経済失速の原因となったバブル経済を起こさないよう様々な政策を実施しています。中国経済は不動産市場に大きく依存しているので、不動産バブルの抑制にはとくに注力しています。そのために金融・財政両面から改革を実施しました。
金融面では、過剰な資金が不動産市場や株式市場に流入してバブルを起こさないよう、これまで分かりにくかった資金の流れを正確に把握するために17年に新たに金融安定発展委員会を設立しました。以前は中国人民銀行、中国銀行業監督管理委員会、中国証券監督管理委員会、中国保険監督管理委員会の4つの政府機関が別々に金融を監督したため、信託商品やシャドーバンキング関連の新たな資金運用が登場すると、複数の監督機関の管轄領域にまたがって、資金の流れが見えにくくなっていました。
そこで劉鶴副総理の司令塔の下、金融行政を統合して徹底的に資金の流れを見えるようにして、管理体制を強化したのが金融改革の大きな成果です。
一方、地方政府が金融機関からの借り入れや債券発行により資金を調達して不動産開発を行い、それが不良債権になるといった問題もありました。このため財政・金融の審査を厳しくしました。そうすると自ずと焙りだされたのが地方政府の不健全な財政運営です。そこに関わる不動産会社、金融機関も同時に焙りだされました。
政府はこのように不健全な地方政府や不動産関連企業を追い込んでいきました。その結果、恒大集団のほか、花様年控股集団、当代置業、中国地産集団、新力控股などがドル債がデフォルトを起こし、報道によれば昨年1年だけで280社以上の不動産関連企業が倒産に追い込まれました。つまり金融・財政・不動産をひとまとめにして抑えたというのが現状なのです。
――こうした改革を2018年以降行ってきたということですか。
そうです。恒大集団の経営破綻リスクも以前より認識されていたことでした。恒大集団の破綻で中国経済が混乱するということにならないように、準備をしてきたわけです。そのほかにも、カーボンピーク、共同富裕など、2017年の党大会で基本方針を決めて以来、2020年代後半にリスクが爆発しないように様々な重要施策を実施しています。

――成長率は早くも5%を割っていますが、どう見ていますか。
確かにすでに5%を割っていますね。予想より早く下がってきたというのが私の印象です。2024~25年に5%前後まで成長率が低下し、2030年には3%前後まで下がると見ていたのですが、その予想に比べて2年ほど前倒しで経済成長の低下が始まっているようです。
ただし、これは将来やるべき改革が前倒しになった結果なので、安定成長期への移行後の2030年頃の成長率は3%程度で変わらないとみています。こうなると、成長率が5%から3%へと低下する移行期間が以前の想定の5年より長い7~8年となり、より緩やかな変化となるため、中国経済の不安定化リスクは若干緩和されることになります。経済の元気が出るわけではありませんが、不安定化は避けやすくなるのでマクロ経済調整にとっては好ましい方向だと思います。
――なぜ2030年頃に3%まで低下するのでしょうか。
これには要因が4つあります。一つは少子高齢化。2020年代後半に労働力人口の減少が加速することは前から分かっていました。次に都市化のスローダウン。今は都市化率が64%くらいまできています。日本は1970年代の高度成長期まで都市化が急速に進展しましたが、その後80年代以降は上昇テンポが鈍化し、80%台のところで都市化率が止まっています。中国は2020年代後半に都市化のテンポが鈍化し、都市化率が70%台後半あたりに達したところで地方から都市に移住する人口が増えなくなると指摘されています。3つ目が大型インフラ投資の減少。主要都市を結ぶ高速鉄道や高速道路などの基幹インフラ設備はすでにほぼ完成しており、新たな建設は今後ほとんど出てこないでしょう。
4つ目は経済成長率の低下によって生じる非効率な国有企業の経営悪化です。赤字補填のための財政負担の拡大は免れられません。これら4つの要因は、どうやっても回避することができません。これらの問題に直面する中国経済の成長率は確実に下がってくるでしょう。だからこそ、中国政府はその前に必要な準備をしています。恒大集団の破綻等を背景に不動産市場が停滞する中、なるべく経済不安定化リスクを軽減するためにも、成長率をゆっくり下げていくというのが現在進行中のシナリオです。
(後編につづく)
【筆者・楢橋里彩】NHK地方局キャスター、ディレクターを経て、中国大連電視台アナウンサーに。その後香港で『香港ポスト』にて企業トップやビジネスリーダーのインタビューなど担当。


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