香港政府トップの李家超(ジョン・リー)行政長官は9月17日に就任後第4回目となる施政報告(施政方針演説に相当)を行いました。
例年施政報告は10月に実施されてきましたが、今回は従前より1ヶ月早く発表された形となります。これは12月に選出予定の立法評議会の新任期にあわせた形であり、新会期開始にあたって行政府と立法府間の円滑な移行と関係構築を促進することを目的としているということです。ジョン・リー政権にとって任期後半の重要な節目であり、政策の実行力と成果が問われる局面にあることも背景と考えられます。今回の施政報告では従来よりも「攻めの姿勢」を示しており、北部都会区(Northern Metropolis)、AI、国際金融、人口対策、文化・観光など幅広い分野で新施策を打ち出されています。ジョン・リー政権としては北京政府の期待に応えつつ、経済再生と社会安定を両立させることが最大の課題であり、米中対立や香港経済の構造変化、財政赤字といった外部環境の厳しさと、失業率の上昇や消費低迷、少子高齢化など社会面の懸念が背景にあるといえます。これら課題に対応するべく、施政報告では「方向性の提示」からより具体的な「制度化・実装」への転換が求められており、それらの内容が織り込まれた発表となっています。以降では今回発表された施政演説のポイントとなる部分をご紹介していきます。
李家超行政長官施政報告の骨子、主なポイント
【ガバナンス改革と行政効率化】
部門長責任制度を導入し、行政トップの説明責任を制度化。部門長責任制度(Heads of Department Accountability System)や独立調査パネルなど、具体的な責任追及と評価強化を明記するとともに、AI効率化チームを新設し公共サービスの効率化を図るなど、スマートガバナンスへの移行を鮮明にしています。2025年はAI Efficacy Enhancement Teamを設け、行政でのAI活用を横串管理。2024年施政報告では『公共サービスのデジタル化』の方針提示のみでありましたが、単なるデジタル化から一歩進み、スマートガバナンスを実現するための基盤整備を進めるということとなります。
【国家安全と愛国教育の実装】
「一国二制度」の堅持と国家安全の徹底は引き続き重要テーマ。2025年施政報告では愛国教育を観光や文化と結びつけ、深圳と連携した教育ルートの開発や周年記念事業を打ち出すなど、実体化に言及しています。
【北部都会区の加速とGBA統合】
北部都会区は、香港の成長エンジンとして位置づけられ、2025年は統治枠組みと法制を整備することで実行性を高めることとされています。行政長官直轄の委員会と3つのワーキンググループを設置し、専用立法や行政手続きの簡素化を進めるとこのことで、具体的には越境管理(人・物・資本・データ・生物試料)の制度化やそれらに伴う研究機関や高度製造業の香港への誘致を進めていくことになります。特に製薬企業の誘致と臨床試験の推進が謳われており、河套地区のGBA臨床試験協力プラットフォームを活用し、香港と深圳で同時試験を可能にすることが計画されています。また、大学タウン(2026年:洪水橋(Hung Shui Kiu)、2028年:牛潭尾(Ngau Tam Mei)、2030年:新界北新市鎮(New Territories North New Town))や交通インフラ整備の前倒し(古洞駅2027年、洪水橋駅2030年、北環線2034年開通及びHong Kong–Shenzhen Western Rail Linkプロジェクトの推進)にも触れ、GBAとの一体化を加速する姿勢が鮮明になっています。
【産業戦略とAIの中核化】
2025年は「産業発展と改革」という独立章を設け、AIをコア産業に格上げ。税制・土地・補助を含む優遇パッケージを導入し、AI研究促進、資本動員、データ優位性の確保を進めるなど、香港を新産業の実験場とする構想が具体化(以下参照)されています。
【国際ハブ機能の強化】
国際金融センターとしての地位強化では、国際金取引市場の加速や上海黄金取引所との連携を打ち出し、海運では複合輸送とパートナーポート網、航空では貨物ハブ強化を推進。これらは、香港の国際競争力を回復し、地政学リスク下での安全な資産取引や物流の中核を担う狙いがあります。
また中国本土企業のグローバル展開が加速する中で香港を活用した海外市場開拓を支援すべく、「本土銀行の香港地域統括本部設立の奨励」「コーポレート・トレジャリー・センター(CTC)誘致のため税制優遇措置を2026年上半期までに強化」「香港の展示会産業を活かした本土ブランドの「グローバル展開」と海外ブランドの「香港進出」の促進」、など『GoGlobalタスクフォース』設置とワンストッププラットフォームによる香港を活用した本土企業の海外展開を支援していくことが明記されました。
【教育・人材戦略の深化】
国際教育ハブ化を掲げ、非地元生の受け入れ枠を50%に拡大し、DSE (Hong Kong Diploma of Secondary Education Examination) の国際認知を強化するなど、明確な数値目標を設定。さらに、ユースポストや産学研交流を通じて若者のキャリア支援を強化し、人材育成を香港の成長戦略の柱に据えています。
【文化・観光・ライフスタイルの新展開】
観光政策は「Tourism is Everywhere」構想の下、ヨット・クルーズ観光や没入型体験を推進。また、ペットフレンドリー文化を新たな消費市場として育成するなど、ライフスタイル価値を高める施策が打ち出されています。
【住宅・交通・社会政策の包括強化】
住宅政策では、住宅ラダー(公営住宅から補助付き住宅、最終的には民間住宅へと段階的に住み替え・持ち家を実現する仕組み)の強化や都市再生を進め、交通分野ではライドヘイリングの法規制を新たに構築。社会政策では、出生税控除を倍増し、高齢社会戦略の作業部会を設置するなど、人口構造の変化に対応する施策を発表、さらに、最低賃金の年次見直しやプラットフォーム労働者保護を通じ、労働市場の柔軟性と安全性を両立させることが目指されています。
【環境(グリーン・循環経済)へのコミットメント】
「ゼロ埋立」目標を掲げ、廃棄物削減から最終処分ゼロへの移行を明確化。
2025年施政報告は、ガバナンス改革、AI戦略、北部都会区、人口政策などで「実装」「制度化」「数値化」をキーワードに、香港の再生に向けた包括的な青写真を描いたといえますが、一方で、財政赤字や実行スピードの制約、長期計画の多さは依然として課題ともいわれています。ジョン・リー政権が掲げる「Aim High, Spread Wide」のビジョンを現実に変えるには、次の2年間でどこまで成果を示せるかが最大の試金石となると考えられます。
【筆者紹介】
長谷川慧(はせがわけい)
YCP Solidiance Limited香港オフィスマネージャー/パートナー/公認会計士
監査法人にて大手金融機関の監査を担当したのち、エネルギー関連企業にて経営企画・事業開発を経験。YCP参画後は中期計画・投資戦略立案やPMI支援等に従事する傍らグループで投資した食品関連事業会社のマネジメントに従事。2018年より香港にてM&A支援や戦略立案・ガバナンス改革支援など幅広くアドバイザリー業務に携わる。

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