外務省は国家・社会に対する各界の功労者を対象に様々な表彰を行っており、これまで多くの香港人または在港邦人に授与されてきました。「VIPインタビュー」では、日本と香港の架け橋となり、業界の先駆者として市場を切り開いてきた方々にご登場いただき、軌跡を振り返ります。隔月掲載。(インタビュー・楢橋里彩)
味珍味(香港)有限公司 会長
呉寶舜(フランキー・P・ウー)さん
【プロフィール】
1940年生まれ。明治学院中退後、1960年に香港大丸有限公司に入社。1967年にCATHAY PACIFIC AIRWAYS LTD.で本社営業部高級地区営業総監日本担当、14年間のサービス業での実務経験を経て1974年に独立し、有限会社大関日本料理店を設立。1981年には「味珍味(香港)有限公司」を設立。香港で日本の食品を紹介するパイオニアとして活躍。1982年には香港日料理店協会を設立、会長に就任。香港で日本の農水産物を普及させるなどの功績が認められ、2006年に農水産省大臣賞、同年に紫丁香━保寧花銀賞、2009年には勲五等双光旭日章を受章。
――日本の食材輸入を中心とした食品卸会社「味珍味」を1980年代に設立されましたが、当時の香港の状況はどうだったでしょうか。
その頃の香港は、中国返還問題に揺れている時期でしたが、同時に、急速に「近代国際都市」へと変ぼうしつつある時期でした。地下鉄や空港、国際金融銀行のビル群などが次々と生まれ、実はその陰に日本の優秀な技術が大いに貢献していました。
その最中、日本の有名デパートが続々と香港に進出。その進出の際の目玉にしたのが、日本の「デパ地下」だったのです。実は、このデパ地下で扱う生鮮食品に、私の会社が大いに貢献していたのです。
ちょうどその頃、私の会社は保存食品、加工食品の仕入れに加え、生鮮・野菜・刺身用の魚などに広げていた時期。三越、大丸、西武、東急、そごう、すべてのデパートに納品を手掛けるほか、共同経営や、中国での販売権の関係で私が代表を務めるなど、様々な形で関わることになったのです。
私自身が長い期間、日本に住んでいたということもあり、日本の食材の美味しさ、素晴らしさを多くの香港人たちに知っていただきたいという思いがありました。その一つに「日本のパン」がありました。香港では朝食といえば飲茶やおかゆなどを食べる人が多く、飲茶のなかには蒸しパンや揚げパンなどがありますが、共稼ぎで家族が一緒にゆっくり食べられる時間が短くなりつつあった香港の家庭で気軽に食べられるパンを売れないかと考えていました。実は日本のパンは、多種の小麦粉を使うなど繊細で、世界に誇れる優秀な商品なのです。そこで模索し続けた末にあるパンメーカー「リョーユーパン」の香港進出へとつながりました。
他にも香港の食文化を変えたものに「おにぎり」や「生モノ(寿司や刺身)」があります。中国は国土が広大なこともあり、歴史的に「安全なもの」をという観点から、冷えたものを食しません。ですが、香港人は受け入れてくれ、今では中国全土で受け入れられています。こうした食における柔軟な変化はこれからも起こっていくことでしょう。絶えず世界各地のモノが入ってくる香港だからこそ、食文化は柔軟なのかもしれません。


――興味深いですね。今でこそ気軽に、しかも当たり前のように食べられる日本の食品も香港の文化的背景が影響していたのですね。
そうですね。日常のなかの何げないことがヒントになることは多々あります。その後も多岐に渡った食材から日用品まであらゆるものを取り扱っており、今では3000もの商品にのぼります。他にも、UCCコーヒー、日清製粉、丸大ハムなどの商品の代理店として香港で販売展開をしております。今でこそここまで発展しましたが、最初の頃は日本の野菜ひとつを香港で売るにも試行錯誤の連続。最初こそ大根まですべて空輸でしたが、安くて大量に運ぶため船便を使うようになりましたが、途中で傷みやすく、コンテナで運ぶ大変さを何度も味わいました。今では考えられないような失敗談も大きな糧となり、安全安心に輸送するノウハウを手に入れることが出来ました。
――特に香港でよく売れる日本の食品は何でしょうか。
もともと英国植民地時代が長かった香港ではかつて、輸入食品は欧米が中心でした。ところが、日本のデパート進出で、香港人の食に対する意識が徐々に変化していったのです。デパートは、日本の食品を売るだけにとどまらず、「日本の食文化」を香港に浸透させるに至りました。
生鮮野菜、果物、精肉、魚介類など、日本の食品は素晴らしく美味しく好評ですが、弊社が特に力を入れてきたのがデイリーフーズ、いわゆる日配品です。そのなかでもハム、ソーセージなどの加工品はもちろん、牛乳、豆腐や油揚げ、ヨーグルト・プリン・ゼリー、最近すごいのは納豆と鶏卵です。
徐々に健康を意識した食品づくりにシフトしていき、今に至ります。これまで当たり前の味だったものが、徐々に人々の味覚の意識に変化が訪れ、「減塩」された食品を受け入れるようになりました。それらを、香港人も受け入れてくれたのです。
――御社では中国本土での事業も展開していますが、市場の魅力について教えてください。
中国本土で富裕層が一番多いのが広東省です。その次が上海です。裕福な方というのは、だいたい香港に来られるビザを持っています。そういう方は、香港に来て買い物をして持って帰ります。そのことからも中国の玄関は香港といえます。まず香港に商品を持ってきて、香港で販売が成功したら、次に中国本土での販売拡大を目指します。輸出に関して不明瞭な点も多くリスクがありますが、中国も世界貿易機関(WHO)に加入して、徐々に事情が変わっていくと思います。もっとノウハウを勉強して、どうやって中国に攻めていくのかを考えることが重要になるでしょう。
――アフターコロナでビジネス市場も大きく変わろうとしています。これからの日本市場に期待すること、課題などはありますか。
日本の農林水産品の海外展開は「日本の安心・安全な食」の高い評価とともに、飛躍的に拡大しています。しかしながら、日本の農業分野で懸念していることは、担い手の高齢化や継承問題。これらは生産地育成の遅れを引き起こし、生産量の不足により、発注量が確保できない事態にもなりかねません。
また以前から警鐘を鳴らしていることは、知的財産権の保護についてです。果物、精肉、魚介類、米まで、日本の地名やブランド名の商標が海外で勝手に使われることが多く、こうした問題は経済的損失だけでなく、ブランド価値の低下にもなりかねません。守るべき手段をおろそかにしてはいけないのです。
輸送、保存、生産技術の開発とともに、農産物はますますグローバル化していきます。今後、輸出向け生産地を集約化して質と量を確保するなど、「メイド・イン・ジャパン」を確固たるものにしなければなりません。さらには、日本オリジナルの生産・加工技術、輸送・流通、国際化への対策、そして関わる人材の育成などのノウハウ「メイド・バイ・ジャパン」も海外進出していくべきだと思います。


【筆者・楢橋里彩】
NHK地方局キャスター、ディレクターを経て、中国大連電視台アナウンサーに。現在は『香港ポスト』で企業トップやビジネスリーダーのインタビューなど担当。
ブログ:http://nararisa.blog.jp/

日刊香港ポストは月曜から金曜まで配信しています。ウェブ版に掲載されないニュースも掲載しています。時差ゼロで香港や中国各地の現地ニュースをくまなくチェックできます。購読は無料です。登録はこちらから。