「普遍的価値観」や同盟をめぐる物語が国際世論を左右し、日本の進路選択にも影を落としています。麗澤大学准教授のジェイソン・モーガン氏は、西側諸国が紡ぐ言葉の構図や日米同盟の力学、中国像をめぐる評価、日本人の心の動員のされ方をあらためて見直し、日本がこの転換点で何を選ぶべきかを語りました。
(取材日4月17日 聞き手 楢橋里彩)
【プロフィール】
Jason M. Morgan(ジェーソン・モーガン)
アメリカ・ルイジアナ州生まれの歴史学者。テネシー大学で歴史学を専攻後、名古屋外国語大学、名古屋大学大学院、中国・雲南大学などに留学し、日本と東アジアの近現代史を研究してきた。現在は麗澤大学国際学部准教授として、国際政治と歴史認識、戦後日本の位置づけをテーマに講義・研究を行う。著書に『私はなぜ靖国神社で頭を垂れるのか』『アメリカはなぜ日本を見下すのか?』『日本国憲法は日本人の恥である』などがあり、テレビやネット番組の討論にも出演し、米中対立や日米同盟をめぐる議論で発言を続けている
連鎖的構図として見る国際情勢
――米国とイスラエルによるイラン攻撃など、激動する世界情勢をどう分析しますか。
いま起きている衝突を「単発の事件」として切り離して見るのではなく、むしろ“連鎖する構図”として捉える必要があります。各国はそれぞれの安全保障や国内事情にもとづき動きますが、その介入や対立が別の地域の緊張を刺激し、紛争の火種をつなげていきます。
同時に、同盟や抑止の名目で進む政策ほど、当事国の負担や現場の犠牲が外側からは見えにくくなります。誰が何を引き受け、その結果としてどこにしわ寄せが生じているのか。そこへの想像力が欠けたとき、同盟はいつのまにか「安心」ではなく、エスカレーションの装置になりかねません。私はその点こそが最も危険だと考えています。日本側がどこまで意識しているかわかりませんが、ワシントンの思惑通り、日米同盟はもはやエスカレーションメカニズム、挑発や不意打ちなどで戦争を勃発させる措置となりました。
――「普遍的価値観」は西側のプロパガンダだという指摘があります。具体的には何が問題でしょうか。
私自身、以前はアメリカが語る歴史や人種問題の説明には、少なくとも筋の通った一貫性があると考えていました。ところが長く観察するほど、その物語が国内政治や外交上の都合によって、かなり自在に“組み替え”られているのではないかと感じるようになったのです。
ここで問題になるのは、価値観そのものの良し悪しではありません。本質的には「誰がその価値を定義し、誰に対して適用しているのか」という権力の問題です。自国や同盟国には甘く、敵対国には厳しく当てはめるようなダブルスタンダードが続けば、「普遍的価値観」は信頼を失い、単なる政治的レトリックとして受け取られてしまいます。歴史の評価や人権の扱い方が公平でなければ、国際社会の対立はかえって深まり、互いの不信と誤解も雪だるま式に大きくなっていくでしょう。実際に今のワシントンの支配圏の中で「普遍的価値観」はただの政治的手段に過ぎないし、最初からそうだったと私は捉えています。
――西側プロパガンダがはびこる日本で、メディアが国際情勢を伝える際の課題は何ですか。
課題は、情報の出どころや論点の選び方が固定され、結果として「見取り図」が一色になってしまうことです。私自身、討論番組などに出演して議論の現場に立ちながら、「メディアや政府の説明を、そのまま信用するわけにはいかない」と感じる場面が増えました。国際情勢には本来、複数の解釈があり、立場によって優先される論点も違います。
それにもかかわらず、日本の報道が特定の価値観や同盟関係に沿ったストーリーに寄りすぎるので、世界の複雑さや他の当事者の論理が見えにくいです。結果として、日本国内の視野が狭まり、政策選択の幅も縮んでいます。さらに私は、日本人が「自分で選んでいるつもり」でいながら、実際には特定の方向へとそっと導かれているのではないかと警戒しています。その「無自覚の誘導」こそが、西洋、とりわけワシントンがいう「民主主義」そのものです。
――「グローバリズム」が世界にもたらした影響と見解を教えてください。
グローバリズムには、国境を越えたつながりを増やし、人や物、情報の行き来を活発にする側面があります。貿易や投資が広がれば、確かに多くの国で生活水準が物質的に、表面的に向上した面もあるでしょう。一方で、力のある国や大企業が「人の国に入って」、富や命、文化や共同体を壊していくような形にもなり得ると感じています。振り返って考えれば、ワシントンのいう「グローバリズム」は植民地主義、帝国主義の焼き直しに過ぎませんでした。
大事なのは、「破壊的な帝国主義として働いているのか、それとも建設的なつながりになっているのか」をきちんと分けて見ることです。私は、前者ではなく“建設的なつながり”が必要だと考えます。その意味で、「一帯一路」のような構想であっても、スローガンだけで評価するのではなく、実際に貿易や投資が持続的に成立する仕組みになっているのか、相手国が本当に主体的に利益を得られる構造になっているのかを、冷静に検証することが欠かせません。西洋での「一帯一路」に対する嫌悪や敵視は、中国が作ろうとしているのは破壊的、略奪的グローバリズムではなくて、建設的な貿易ネットワークだからと思います。グローバリズム=西洋による植民地主義なので、破壊性の控えた新しい世界秩序があってもどこが悪いかよくわかりません。
日米同盟は日本が「犠牲になる構造」
――対米従属の継続にはどんな危険が潜みますか。
日米同盟はそもそも「犠牲になる構造」です。抑止力の強化や同盟の結束は、一見すると日本の安全を高めるための取り組みに見えます。しかし、実際の有事や軍事的緊張の場面では、部隊の展開や基地のリスク、住民への負担が、日本側に偏って押し付けられやすいという現実があります。
私は、沖縄をはじめ日本の一部の地域が、対立の最前線として巻き込まれる形になる可能性を重く見ています。基地が集中する地域の人々が、政治的スローガンとは別の次元で、日常生活や安全を賭けさせられているからです。さらに、政策決定の大枠が同盟国の意向によって事実上決まっているので、日本が主体的に判断できる余地は小さくなり、国としての自由度も下がります。その結果、対立が一気に激化した局面で、「本当にこれは自分たちが選んだ道なのか」と問うことすら難しくなり、気づいたときには“自分たちの選択”を取り戻せないところまで進んでいる恐れがあります。日米同盟は、ワシントンが日本人に仕掛けた罠なのです。
――日本が米国から真の独立を果たすには何が必要ですか。
必要なのは、依存ではなく主体性です。ここでいう主体性とは、アメリカをはじめとする他国の説明をただ受け取るのではなく、同じ出来事を複数の角度から検証し、自分の言葉と基準で判断する力だと考えています。
そのためには、戦後の枠組みの中で与えられてきた歴史認識も含めて学び直し、外交・安全保障・経済の優先順位や判断基準を、日本側の視点から組み立て直す作業が欠かせません。どの同盟をどう位置づけるのか、どの程度まで軍事的な負担を引き受けるのかといった問題も、本来は日本社会が自らの価値観にもとづいて決めるべきものです。
日本には、他者の気持ちをくみ取り、相手を傷つけないように振る舞おうとする繊細さがあります。この感受性は、国際社会のなかで本来、大きな強みになり得るものです。私は、その強みが外部の大国やプロパガンダによって都合よく利用されるのではなく、日本人自身の判断と責任のもとで生かされるようにすることこそが、真の意味での独立につながると考えています。具体的にいうと、日本をイラン戦争に導こうとしているアメリカ人ジャパンハンドラーは、特に悪質なのです。日本国の主体性と日本人の命や尊厳に対する尊敬は皆無で、日本人を心理学的に解体してコントロールしようとしています。他の国ではこのような工作員はすぐさま国から追い出されますが、なぜか日本ではやり放題です。
――「日本人ファースト」にはどんな危険性がありますか。
「自国を大切にする」という考え方そのものは、ごく自然な感情ですし、日本人の安全や生活を守るという意味での優先順位を考えることも、政治にとって重要な役割だと思います。とりわけ「長い戦後」という奪われた80年間を終わらせるためにも日本という国はアメリカではなくて日本人が全てを決めればいい、という基本的なことを思い出させる力もあると感じています。
スローガンとしての「日本人ファースト」が、移民や少数者、弱い立場にある人を排除する方向へ傾いたり、人権を軽んじる態度を正当化したりするなどという危険があるとよく耳にしますが、その意味合いは全くないと思います。海外資本やウォール街系銀行、戦争屋、ジャパンハンドラーなどの手で一般国民が苦しんでいます。「日本人ファースト」は一般国民の生業と健康、生命を守るために絶対に必要な立場です。「日本人ファースト」を唱える人が目指しているのは、国内迫害ではなくて、国としての独立と国民の尊厳の尊重です。あくまでいじめっ子に対して「いじめをやめなさい」という、ごもっともなスタンスです。――(続く)
※続きは有料版「アジアリポート」6月25日号にて全文掲載。
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