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哲学エッセイ 風土

福島で「共生」を考える

戦後80年の節目に、二回福島県へ行ってきた。一つ目は、理系の先生が企画した「福島復興知学」のフィールド学習であり、私は引率教員として参加した。二つ目は、私が企画した「共生」を考える、文系研究者向けの見学ツアーであった。「共生」という言葉は、しばしばAとBの理想的なハーモニーを想起させるが、必ずしも楽しいことばかりではなく、共に苦しむこともあれば共に痛むこともありうるのである。

pastedGraphic.pngとみおかアーカイブ・ミュージアム

 

福島県飯舘村に「までい館」という道の駅がある。東北に「までい」(「真手」)と言う言葉があり、両手を揃えて丁寧に慎ましく、手間暇を惜しまず生きるという意味を持つという。この生き方もしくは生活美学は、「風土」に深く関連していると私は考えている。風土は単なる自然や環境ではない。フランス人の研究者のA. ベルクの言葉を借りれば、これがmilieu(中間的なもの)であり、自然と文化の二項対立を超えたものとして理解できるのである。 

2011年の東日本大震災は自然災害ではなく、原発事故により東北の風土に大きな被害をもたらしている。飯舘村の場合は全村避難を余儀なくされたが、放射能という目に見えない暴力に晒されながらも、「までい」という生き方を再生しようと努力している村人たちがいる。例えば「ふくしま再生の会」は、田んぼで米・酒米を作ったり、山間部で椎茸を栽培したりしている。

pastedGraphic_1.png飯舘村佐須地区の水田

 

理事長の田尾陽一氏は飯舘村の出身ではなく、横浜市出身である。被災地で核廃絶と世界平和を願い続けている理由は、被爆者だからである。『福島民報』のインタビュー記事を引用しておこう。「80年前の1945(昭和20)年8月6日。米軍による原爆が投下された広島の街は火の海に包まれた。福島県飯舘村在住の田尾陽一さんは疎開先の広島県坂村(現坂町)で、広島市上空でさく裂した原爆の閃光を目撃し被爆した。当時4歳だった。2011(平成23)年3月の東京電力福島第1原発事故を受け、2017年に飯舘に移り住んだ。」飯舘に愛着が湧いている田尾氏は、安全性の確保や高レベル放射性廃棄物の問題が解決できていない原発は、「不完全なシステム」であると指摘している。 

原発さえなければ、飯舘はすでに復興できたかもしれない。たとえ原発事故がなかったとしても、放射性廃棄物の問題が存在している。このリスクは、やはり地方が背負わなければならない。この犠牲のシステムはまさに非対称・不平等であり、その暴力性を見過ごしてはいけない。ちなみに、福島県内の除染で発生した土壌や廃棄物は大熊町と双葉町にある中間貯蔵施設で30年間保管されているが、福島県外の最終処分場はどこにあるのかまだ決まっていない。

pastedGraphic_2.png自然に飲み込まれた帰還困難区域

 

台湾では、原住民(日本語では「先住民族」)が住んでいる蘭嶼島に放射性廃棄物が無断で持ち込まれた過去がある。そして、阿美族、太魯閣族、鄒族などの原住民は、長年にわたり漢族中心主義によって同化を強いられてきた。「共生」研修ツアーに、Paelabang Danapan(孫大川)という台湾原住民の方が参加したが、彼によれば、「山地平地化」という名のもとに行われた同化政策は、人道・人権・民族平等の原則に明らかに反するものである。共生とは、同化ではなく、文化の違いを尊重し、互いに学び合うことである。原住民が、はざまの中でアイデンティティを構築する必要がある。原住民の歌や踊りは、独りで合理的世界を思案するのではなく、他者と共に身体的に風土を表現する作法である。

  風が簡単に国境を越える一方で、土はなかなか移動できない。この風土の両義性に注目しながら、これからも福島という核心現場へ我々は行くわけだが、被災地をただ見るだけにとどまらず、人々の物語を聴き、現地の風土を感じなければならない。日本と台湾、現在と未来、飯舘村と原住民などの連帯を構築することで、「共生」は、人々が一つの生き方に従うのではなく、「共に生成変化する」(co-becoming)でありたい。

この意味での「共生」は、完成された理想ではなく、常に問い直されるべき未完のプロジェクトだといって過言ではない。そして、「共生」は単なる哲学的な思索ではなく、芸術、教育、政治の領域において「新風」になるはずである。私たちは福島を訪れ、そしてさまざまな核心現場を巡礼しているが、重要なのはただひたすら記憶装置としての記念碑だけを見ることはしないこと。物語に耳を傾けること、そして風土を感じることである。

風土はずっと変わらないものではなく、災害や戦争で「風土チェンジ」が突然やってくる可能性がある。「広島の体験、福島の現状を発信していくことが核や原子力を再考する契機となる」という田尾氏の思想と行動を見習いたい。

pastedGraphic_3.png飯舘村にある「風と土の家」

 

【筆者紹介】

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張 政遠
香港生まれ香港育ち。東北大学に留学・博士号を取得。専門は日本哲学。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。東アジア教養学の理論や演習などの授業を担当。著書に『西田幾多郎』(単著)、『日本哲学の多様性』(共編著)など。趣味は「巡礼」すること。

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