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哲学エッセイ 風土

小田原と二宮尊徳

内村鑑三の『代表的日本人』には、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮という五人が挙げられている。いずれも激動の時代にあって、自らの信念と実践によって社会に影響を与えた人物である。先日、学生たちを連れて、尊徳ゆかりの地である小田原を訪ね、その足跡をたどった。

小田原といえば、多くの人にとっては新幹線の車窓から眺める通過駅かもしれない。しかし実際に降り立ってみると、その風土の豊かさに驚かされる。西には箱根山とその奥に富士山を望み、北には丹沢山地が連なり、そこから流れ出る酒匂川が足柄平野を潤している。さらに小田原城からは相模湾を一望でき、山も川も海もあり、実に恵まれた土地であることがわかる。

しかし、酒匂川はかつて「暴れ川」として知られ、とりわけ1707年の富士山宝永噴火の後には、大量の火山灰が流域に堆積した。その堆積物が雨によって川に流れ込み、川底を押し上げたため、洪水や氾濫が頻発し、人々の暮らしを脅かしたのである。尊徳は天明の大飢饉直後に生まれ、幼少期にこの酒匂川の氾濫によって家産を失い、さらに両親を相次いで亡くすという不幸に見舞われた。

叔父の家に預けられ、「百姓に学問はいらぬ」と言われながらも、尊徳は学びをあきらめなかった。菜種を栽培して油を搾り、その灯明の光で夜な夜な読書に励んだという逸話はよく知られている。やがて努力によって家計を立て直し、その手腕を認められて小田原藩家老服部家の財政再建を任されるに至る。さらに下野国桜町領の復興も委託され、広範な農村再建に取り組んだ。

pastedGraphic_1.png二宮尊徳像

 

尊徳の学問は机上の空論ではなく、生活の現場から生まれた実践知であった。その方法は徹底して実証的であった。彼は過去百年分の年貢記録を精査し、その土地の生産力を客観的に分析したうえで「分度」を定めた。それは、収入に応じて支出の限度を定める原則であり、身の丈に合った生活を守ることで再建を図る考え方である。また、余剰が生じた場合にはそれを将来や共同体のために回す「推譲」の精神を重んじた。それは、単なる倹約ではなく、循環と持続を見据えた社会倫理として考えられる。

さらに、尊徳は風土を熟知している人物でもあった。作物の異変から天保の大飢饉を予見し、ヒエの栽培へ転換させて餓死者を出さなかったと伝えられる。そして、荒地を再生する際にも、外部からの一時的な資金に依存するのではなく、その土地に眠る力を引き出すべきだと説いた。

今日においても多くのヒントを与えてくれる尊徳の思想を如何に継承していくのか。栢山に小田原市が運営する尊徳記念館があり、二宮尊徳の生家を保存したり、尊徳の生涯や教えを展示したりしている。尊徳は江戸時代の農村改革の指導者であり、逆境を努力で切り拓き、農村の救済に尽力した郷土の偉人として紹介されている。

pastedGraphic_2.png二宮尊徳の生家

 

小田原城の近くにも、報徳博物館というところがある。公益財団法人報徳福運社が運営し、尊徳の思想と生涯を紹介するだけではなく、研究資料等も保存している。例えば、2002年に、二宮尊徳思想国際シンポジウムが北京大学で開催され、中国側41名・日本側45名の出席者のうち、中国側11名・日本側8名が尊徳の思想について発表を行ったという。尊徳の思想体系は、いずれの学派にも属していないが、主として儒教の影響を受けており、彼の儒教に関する解釈は全く独自なものであったという報告があった。

そもそも、報徳は「父母の根源は天地の令命にあり」という儒教の「孝」から受容したが、「年々歳々報徳を忘るべからず」という思想に展開した。ここでは、「徳」というのは潜在的な価値や可能性であり、それを起こし、開き、伸ばすことが報徳の基本である。言い換えれば、報徳とは単なる感謝の心ではなく、継承された恩恵を発展させ、未来へとつなぐ実践的な倫理なのである。

pastedGraphic_3.png報徳博物館

 

天災と人禍が多い中国でも尊徳のような人物がいれば、間違いなく「聖人」とされただろう。日本では、じっさい、尊徳は「神様」として祀られている。小田原城内に報徳二宮神社があり、「一円融合」という言葉が絵馬に書かれており、学業成就・商売繁盛を願う参拝者が大勢いた。対立を包含する「一円融合」という思想が、共生や協力の重要性を示す考えとして今なお重視されている。

日本全国の小学校に「二宮金次郎像」があり、薪を背負って本を読んでいる尊徳の姿が勤勉と倹約の精神の象徴として普及している。しかしながら、尊徳はただの節約家だけではない。余剰の社会還元を意味する「推譲」も大事にして、持続可能な社会のあり方を模索した立派な人間である。

自然災害や社会不安が絶えない現代において、尊徳の思想はなお多くの示唆を与えてくれる。風土を読み、身の丈を知り、余剰を未来へとつなぐ。帰りの小田急の車窓から富士山を眺めながら、尊徳の歩んだ道は過去の遺産ではなく、いまを生きる私たちへの問いかけであると強く感じた。

 

 

pastedGraphic_4.png報徳二宮神社

 

【筆者紹介】

張 政遠
香港生まれ香港育ち。東北大学に留学·博士号を取得。専門は日本哲学。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。東アジア教養学の理論や演習などの授業を担当。著書に『西田幾多郎』(単著)、『日本哲学の多様性』(共編著)など。趣味は「巡礼」すること。

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