1927年~1928年にドイツ・フランス・イタリアに滞在した哲学者の和辻哲郎は、ヨーロッパの風土を「牧場型」としている。無論、牧場は太古から存在するわけではなく、人間が原始林と長年戦った結果、ようやくできた「緑の絨毯」である。言うまでもなく、ヨーロッパは一枚の大きな「緑の絨毯」ではない。アルプスの山々・河川と平野・地中海など、極めて多様な風土があるはずである。
牧場が成立するには、モンスーンのような豪雨の多い地域ではなく、適度に乾燥した穏やかな気候が必要である。しかし、乾燥が激しすぎる砂漠のような地域では牧草が育たない。牧場的風土について和辻は、「人間が牧場をつくることに成功したゆえんは、ヨーロッパがモンスーン的でもなくまた沙漠的でもなかったところに、言いかえればモンスーン地方よりも沙漠的であり沙漠地方よりもモンスーン的であったところに、あるといってよい」と説明している。
地中海地域と中北ヨーロッパは風土や歴史的発展において大きく異なる。古代文明は地中海地域で先に形成され、ヨーロッパ的な文化の特性もこの地で生まれた。地中海は日照に恵まれ、植物の生育も旺盛で、とくに野菜はイタリアでよく育つ。しかし、夏の乾燥期には草が枯れるため、家畜は山地へ移動し、秋の雨季後に平地に戻るという季節的移動が行われる。この移動は平地での穀物栽培と両立せず、農夫が平地に現れるのは種まきと刈り入れの時期のみになることもある。また、夏の乾燥に適した灌木類、特にブドウ、イチジク、オリーブの栽培が盛んである。
先日、「雰囲気学」をテーマとする国際会議に参加するために、スロベニアへ行ってきた。羽田からフランクフルト経由でイタリアのトリエステという小さな空港に着いたら、乗り合いタクシーでコペルという町へとたどり着いた。なお、スロベニアはシェンゲン協定に加盟しており、イタリアとの国境には何の入国検査もない。
アドリア海に面したコペルには、ユニークな雰囲気があると感じた。じっさい、コペルの近くにセチョウリェ塩田という場所があり、伝統的な方法で塩が生産されている。この港町はかつてヴェネツィア共和国領だったが、現在、スロベニアの唯一の国際貿易港であり、多くの貨物船が寄港している。
在スロベニア日本国大使館が作成した「スロベニア話題集~小さな国の大いなる魅力と日本との秘められた関係~」という資料によれば、スロベニアの南西部は、本来、不毛な土とされてきた。「国土の半分近くは石灰岩でできているとされる(面積の43%がカルスト地形という説もある) 他、首都リュブリャナ周辺は元来湿地帯であり、古来の川を繋ぐ東西南北の通 商路網の中でも、この辺りでは船荷の積み替えが難しかった。ところが、この不毛な土地はブドウ栽培には適しており、粘土質の密度の高い。」「カルスト」とは、雨水が石灰岩のような透過性の灰岩を溶食することによってできた地形であり、多くの鍾乳洞が発見されている。
しかし、この不毛な土地は実はブドウ栽培には適しており、「土質の密度の高い土地よりもブドウの根が深く伸びるため、栄養度の高いブドウ耕作地となっている。加えて、スロベニアは、かつてセールス用語として「常にサニーサイド、スロベニア」というのがあったように、日照条件には恵まれており、小さな丘を見事な棚田に変えたブドウ栽培地の巧みと組み合わされ、「同じブドウ品種でも丘毎に味が異なる」ワインを製造するに至った。イタリア人が国境を越えてワインや食事を楽しみに来るのも、頷ける。」
わざわざ国境を越えてスロベニアのワインや食事を楽しむイタリア人がどれほどいるか知らないが、人口200万人程度(コペルは5万人程度)のスロベニアという小国には、「牧場」と「地中海」だけでは語りきれない「アルプス山脈」という風土があると言える。例えば、プトゥイ市では春先にクレント(日本の「来訪神」に似ている)のカーニバルが開催され、世界各地から注目されている。
もし和辻がスロベニアを訪れる機会があったなら、スロベニアの風土についてどう語っただろう。「山ー里山ー里ー里海ー海」という風土の構造は、確かに日本に近い。しかし、この国は日本と根本的な違いもある。1991年に旧ユーゴから独立したスロベニアは、実はヨーロッパの中でもっとも幸福度の高い国家である。
【筆者紹介】
張 政遠
香港生まれ香港育ち。東北大学に留学・博士号を取得。専門は日本哲学。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。東アジア教養学の理論や演習などの授業を担当。著書に『西田幾多郎』(単著)、『日本哲学の多様性』(共編著)など。趣味は「巡礼」すること。
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