香港と中国本土の政治・経済・社会ニュースを日本語で速報します
インタビュー

国際政治学者篠田 英朗氏に聞く  多極化の裏側——「真実」と「物語」を見抜く国際情勢の読み方

多極化が進む世界で、イランやパレスチナをめぐる危機はどこまでが事実で、どこからが物語なのか――。今回は、日本の国際政治学者であり平和学者でもある、東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授の篠田英朗氏にインタビュー。米国発情報の影響と、国際法・平和構築の再設計を問い直し、日本の安全保障と外交に必要な「自意識」を探ります。(取材日4月15日 聞き手 楢橋里彩)

【プロフィール】

篠田英朗(しのだ ひであき)

1968年神奈川県出身。国際政治学者。東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。専門は国際政治理論、平和構築論、国際秩序論。紛争後社会における平和構築や国際介入のあり方、主権と人道的介入の関係などを主なテーマとして研究している。主な著書に、国連を中心とした国際秩序の構造を論じたものや、平和構築の思想と方法を問い直した入門書、日本国憲法と国際秩序の関係を国際政治の視点から検討した一般向けの論考などがある。

メディアによる国際情勢の報道

――既存の日本のメディアによる国際情勢報道にはどのような問題があるでしょうか。

バイアスへの警戒心が低く、アメリカ発の情報であれば事実として受け止めてしまう傾向があるという点は、そのまま日本の国際情勢報道への問題意識に直結します。

国際情勢報道では、(1) 情報源が米国発に偏る、(2) シンクタンク等の発言が“事実”のように扱われる、(3) プロパガンダの可能性が体系的に検証されない、(4) 感情的な対立の物語が先行する、というリスクがあります。つまり、報道が事実の伝達に留まらず、知らず知らずのうちに“戦争の論理”を補強してしまう危険があるのです。

――感情的なナショナリズムを煽る報道が外交政策に与える影響について、どのように考えますか。

感情的ナショナリズムは、外交の選択肢を狭めます。短期的には支持が得られても、対話のコストが上がり、相手を「危険」「敵」として固定し、対話のための条件設定を難しくします。米国側にも神経をとがらせて世論工作をしようとする動きがありうる以上、日本国内でも同様の構図が再生されてしまう。だからこそ、外交政策は、感情よりも根拠と手続きを重視し、メディアには情報源・検証可能性・利害関係の説明が求められます。

台湾有事は起こるのか?

――台湾有事はどのような状況下で発生すると考えられるでしょうか。

台湾有事は「誤算」と「物語」の交錯で起きやすいと思われます。米中それぞれが、相手の意図を最大脅威として物語化し、そこに軍事・世論の圧力が加わると、臨界点が動きます。したがって要因は、(1) 台湾側・地域の行動が過敏に解釈される状況、(2) 国際的な支持が短期的に固まりやすい状況、(3) 情報戦・誤情報が意思決定を加速させる状況、などです。

「なぜ起きたのか」を事後に検証可能な形で、平時からシナリオと検証手続きを持つことが重要になります。

――中国の台頭に対し、日本はどのように関係を構築すべきでしょうか。

アメリカの見方だけで判断しないこと。日本は対話のチャンネルを持ちつつ、法と利益に基づいた線引きを明確にする必要があります。対話で下げられる緊張は下げ、軍事・技術・経済の領域では透明なルールとリスク管理を組み合わせます。相手の主張にも一定の正当性を読み取りながら、同時に自国の安全保障の現実は譲らない、という二層構えが必要です。

日中米の関係はどうあるべきか

――現在の日本の安全保障戦略における自己点検はどのようにあるべきですか。

「対処能力の強化」だけでなく、どの情報枠組み・どの他者の見方を自国の判断として採用しているかまで含める必要があります。とりわけ米国発情報が“事実”として消費される場面では、バイアスを警戒する姿勢が不可欠です。
自己点検とは、(1) リスク認識の根拠、(2) 目的と手段の対応、(3) エスカレーション管理、(4) 国内世論に対する説明責任、を同時に点検することになります。

――集団的自衛権の思想史が現代の日米同盟に与える示唆は何でしょうか。

集団的自衛権は、単なる法律論ではなく、思想として「安全保障をどの範囲まで認めるか」をめぐる議論です。同盟が強化されるほど、判断が他国の戦略に吸収される危険があるという点は無視できません。したがって示唆は、「正当化の枠組みは、適切な範囲で保持しておくこと」「それを政治的操作の物語に誤用されないように気を付けておくこと」の両立にあります。集団的自衛権の議論は、エスカレーションを抑える設計とセットでなければなりません。

――日本が主体性を持った外交を展開するために何が必要でしょうか。

今の日本には「自意識がない」「アメリカの見方で世の中を見ている」という問題提起があります。主体性とは、反米でも親米でもなく、自国の世界観(価値観・法観・利益観)を持ち、他者のフレーミングを無批判に採用しないことを指します。
そのためには、外交の意思決定における情報の出どころの明確化、検証プロセス、説明責任の強化、そして世論形成(メディア報道・世論工作)の影響を評価する能力が必要になります。

――日本は米中に対してどのような立ち位置を取るべきでしょうか。

戦略的曖昧性は便利な言葉ですが、曖昧性が“無自覚な追随”になっていないかが焦点になります。日本は、米国の説明枠組みに全面的に依存するのではなく、(1) 国際法、(2) 自国の安全保障上の現実、(3) 透明な条件設定、をもとに立ち位置を定義すべきです。つまり、曖昧性は「決めないこと」ではなく、エスカレーションを管理しつつ、必要な局面では原則と根拠を明示する姿勢として運用されるべきなのです。――――(続く)

※続きは有料版「アジアリポート」5月25日号にて全文掲載。

「アジアリポート」については以下をご覧ください。

新サービス『アジアリポート』、揺れる国際情勢を深掘り香港ポストでは多くの読者の声に応え、香港・中国、アジアの政治経済ビジネス情報を深掘りした有料リポート「アジアリポート」を発行します(毎月10日と25日に発行、同日が土日曜・祝日の場合はその前後)。 アジアの国際情勢や香港・中国の政治経済、粤港澳大湾区(GBA)、イノベーション、医療ヘルスケア、高齢化問題など、主流メディアでは得られない貴重なデータを専門家から収集し、価値ある洞察をお届けします。...
今なら無料 日刊香港ポストの購読はこちらから
香港メールニュースのご登録

日刊香港ポストは月曜から金曜まで配信しています。ウェブ版に掲載されないニュースも掲載しています。時差ゼロで香港や中国各地の現地ニュースをくまなくチェックできます。購読は無料です。登録はこちらから