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哲学エッセイ 風土

大埔宏福苑の大規模火災

先日、2025年11月27日に発生した大埔宏福苑の大規模火災の現場を訪れた。板の撤去作業が進められており、周囲一帯は立入禁止となっていた。焦げた匂いは薄れつつあったが、空気の重さだけは事故から時間が経過した今もなお残っているように感じられた。この惨事によって、多くの人々が命を落とし、あるいは住まいや日常を一瞬にして奪われ、地域全体が深い悲しみに包まれている。

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宏福苑の現場

知人と一緒に災難について考えるべく、「哲学カフェ」を開くことにした。哲学カフェとは、専門家による難解な哲学理論を議論する場ではなく、誰もが日常の言葉で問いを共有できる対話の空間である。阪神淡路大震災や東日本大震災の後、日本各地で同様の試みが行われてきた。その根底にあるのは、互いの語りに耳を傾けるという姿勢である。ルールは極めてシンプルで、他人の意見をよく聴くこと、そして他人の意見を否定しないこと、それだけである。

対話の冒頭で印象的だったのは、「現場には行きたくない」という率直な意見であった。悲惨な場所に足を運ぶことが、必ずしも追悼や連帯につながるわけではない。個人的な悲しみと、社会的・公共的な言説とが複雑に交錯する中で、あえて距離を取るという選択も尊重されるべきである。とりわけ香港のように高層住宅が多い都会では、「高い建物は安全であるはずだ」という正常性バイアスが共有されている。その前提が崩れる現実を直視すること自体が、心理的に耐えがたい場合もあるだろう。

一方で、今回の火災は台風や地震といった自然災害ではなく、明らかに人災である以上、原因究明を徹底的に行うべきだという強い意見も出された。竹の足場ではなく、防護ネットが防火基準を満たしていなかったのではないか、火災警報器がなぜ作動しなかったのか、大規模修繕工事をめぐって談合が存在した可能性はないのか。参加者たちからは、「なぜこうなったのか」という因果関係を突き止めなければ、同様の惨事は必ず繰り返されるという切実な声が上がった。ここでは単なる責任追及ではなく、制度そのものへの問いが共有されていた。

また、語りの中で繰り返し現れたのが「無力感」である。実際、火災当時、遠くから立ち上る炎や煙を目撃しながら、何もできなかったという人がいた。彼はその後、深刻な心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患い、トラウマ体験から一か月以上経ってアルコール依存の状態に陥ってしまったという。しかし、ある日、現場に献花をしに行ったことで、ほんのわずかながら心の整理がついたと語ってくれた。追悼という行為が、無力感から回復する一つの契機となりうることが示唆されている。

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撤去された献花台の代わりに献花コーナー

子どもを持つ参加者からは、親としてこのような惨事をどのように語るべきかという悩みが共有された。テレビ報道では、悲惨な映像と同時に、人々の助け合いや善意の行動も映し出される。しかしそれは、子どもにとって災難の再体験を強いることにもなりかねない。状況や年齢によっては、あえて見せないという選択もまた、一つの配慮であるという意見が出された。

これとは対照的に、「逃げる」ことの重要性を強調する声もあった。悲劇や負のエネルギーに囚われ続けることは、必ずしも倫理的に高尚な態度ではなく、むしろ生をすり減らしてしまうことがある。生存本能として、辛い出来事を忘れること、あるいは危険から即座に逃げることは、決して卑怯な行為ではない。台湾で発生した無差別殺人事件の例が挙げられ、とにかく逃げたことで命が助かった人がいたという話は、倫理と生存の関係を改めて考えさせるものであった。

こうした出来事はやがて一つの「物語」として社会に共有され、人々に強い驚きと衝撃を与える。しかし同時に注目されるのは、生き残った人々が、いかにして自らの人生を再構築していくのかという過程である。ボランティア活動、写真や文章による記録は、単なる支援や記念にとどまらず、復興の記憶を未来につなぎ留める実践となる。

今回の哲学カフェには、海外からの参加者もいた。カナダから来た参加者は、ネット報道を通じて、物資支援や市民の団結、無私の行為に希望を感じる一方で、市民社会や議会が十分に機能していない現実に深い失望を覚えたという。彼は、バンクーバーでフィリピン系コミュニティの催しに車が突っ込んだ事件や、シドニー近郊のボンダイ・ビーチでユダヤ人コミュニティを標的にした発砲事件にも言及し、世界各地の苦しみが相互に響き合っている現状を語った。その文脈で浮かび上がったのが、「徳」と「福」は本当に一致しうるのか、という古典的でありながら切実な倫理的問いである。

イタリアからの参加者は、2017年のロンドンの高層住宅火災を想起しつつ、悲劇の後に「私たちは何ができるのか」という問いが繰り返し立ち現れることを指摘した。直接的な金銭支援や物資援助だけでなく、アート・セラピーや、麻雀大会のような一見ささやかな集まりが、人と人との関係性を回復させる重要な役割を果たす場合がある。日常を取り戻すための実践こそが、長期的には最も力強い支援となることがあるのだ。

宏福苑に十数年住んでいたという参加者の語りは、特に印象的であった。彼にとってこの火災は、単なる事故ではなく、生活の意味そのものを根底から揺るがす出来事であった。よく知っているがゆえに、親しんだ「居住域」が一瞬にして「非居住域」へと変わってしまう感覚には、強烈な不気味さが伴う。災難とは何を意味するのかという問いは、個人史と都市史の両方に深く刻み込まれていく。

私自身も、前任校である香港中文大学の職員宿舎に住んでいた頃、何度も大埔を訪れた経験がある。その後、西貢北にある大灘村へ引っ越したが、行政区分上は西貢区ではなく大埔区に属している。大家さんの話によれば、かつて多くの村人は朝に船で大埔墟へ向かい、夕方の船で村に戻る生活を送っていたという。大埔の風土を一言で表すならば、それは何よりも「人情」であろう。自然が豊かで、歴史と文化が深く、香港の中でも最も幸福な町の一つとされてきた。

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大埔にある香港鉄道博物館

「非居住域」を「居住域」にする復興に向けて、当事者と非当事者を分け隔てるのではなく、ともに意見を交わし、語り合う場が必要とされている。哲学カフェという試みは、そのための小さな、しかし確かな一歩であろう。そして何よりも、聴くことの力が求められている。

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大埔の歴史と文化を表すモザイク

【筆者紹介】

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張 政遠
香港生まれ香港育ち。東北大学に留学・博士号を取得。専門は日本哲学。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。東アジア教養学の理論や演習などの授業を担当。著書に『西田幾多郎』(単著)、『日本哲学の多様性』(共編著)など。趣味は「巡礼」すること。

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