このコーナーでは在香港企業様や香港をはじめ周辺地域でビジネスを展開される企業様向けに戦略コンサルティングをはじめとする各種アドバイザリーサービスを展開する立場から香港・中国本土・マカオを中心にビジネス環境の動向等に関してご紹介をさせて頂きます。昨今では香港民主化デモや香港版国家安全維持法の制定に伴い、「香港は死んだ」といったニュースが日本でも流れるなど、在香港日系企業様においても「今後香港はどうなっていくのか」「拠点を移転した方がいいのか」といったご懸念の声も聞こえて参ります。果たして、香港は本当にそのような悲観的な状況にあるのでしょうか。また、我々在香港日系企業は今後どのようにあるべきなのでしょうか。
今回は、2025年2月末に香港政府より発表された「2025/26 年度の政府財政予算案」についてみていきたいと思います。
「2025-2026年度(25年4月~26年3月)の政府財政予算案」の概要
香港政府の陳茂波(ポール・チャン)財政長官は2月26日に2025~2026年度の政府財政予算案に関する演説を行いました。
2024年の経済状況としては世界情勢の不確実性、北上消費や不動産不況などといった複雑で変化する環境の中であったものの、政府の景気浮揚策や9月中旬以降の米国の利下げにも下支えされ、香港経済は2.5%の緩やかな成長を達成、外需の継続的な拡大に支えられ香港の商品輸出総額も実質ベースで4.7%の増加となりました。2025年について、保護主義の台頭と世界貿易への脅威の高まりといった懸念材料はあるものの、世界の主要中央銀行は金融緩和の傾向にあり、固定資産投資の促進や景気の下支えが見込まれるとともに観光客の増加も見込まれていることで、香港のサービス輸出の継続的な成長も期待されております。これらを踏まえ、香港政府としては香港経済は2025年も緩やかな成長を続け、実質ベースで2~3%上昇すると予測しております。
不動産不況に伴う土地売却収入の減少もあり2025年度は4年連続の財政赤字になる見込みであり、2025-26年度の一般歳入は6,594億香港ドル、支出は8,223香港ドルを予定しています。これに政府債券など財政予算案の歳入に組み込んでいないその他の収入を計算すると、最終的に670億香港ドルの赤字予算の見通しとなります。陳財政長官は昨年度の政府予算演説においても「コロナ禍が収束し、財政は再建の段階に入らなければならない」と強調しておりましたが、2024年度が872億香港ドルの赤字だったことからも今後は財政赤字を圧縮し、来年度である2026-27年度からは黒字に転換させたい考えを示しています。予算演説の中で陳財政長官は3月31日の時点の財政備蓄が6,473億香港ドルになることに加え、2026年3月末までに5,803億香港ドルにまで減少する見込みを発表、これは過去最高の財政備蓄額であった2018年度の1兆1,700億香港ドルからほぼ半減することになります。これらの背景もあり、財政健全化を目指し、2027-28年度までに政府支出を7%削減することを決定。財政赤字削減へのコミットを示すため、行政長官を始め立法会議員を含む全公務員の昇給を本年4月より停止することを発表。公務員に関しては更に2027年4月までに1万人分を削減、2027年度まで毎年全体の2%ずつを削減することが発表されました。また、航空旅客出国税の税率にも変更が加えられ、出国税は120香港ドルから200香港ドルに引き上げられることとなります。これにより政府収入は年間約16億香港ドルの増加が見込まれるとのことです。なお、本変更による航空旅客への影響は最小限にとどまると陳財政長官は立法院で言及しております。この空港出国税ですが、多くの主要国で導入されており、アメリカでは約40米ドル(311香港ドル)、ドイツでは42米ドル、シンガポールでは52シンガポールドル(301香港ドル)であるため、他国に比べて著しく高い水準となる訳ではない状況です。
また、予算演説内では陳財政長官は香港の税制全体に関しても言及、新たな税金を導入する計画はなく、「シンプルで低い税制」が香港の競争力を維持するとも強調しました。本年度の予算で発表された税制関連措置の数々には、以前から一部で観測があった、高額所得者への増税や、バスケットボール賭博の合法化・新たな歳入源化といった点は含まれていないということです。
主な景気対策・歳出の内容
2025年度予算の内訳ですが、歳出に関しては医療・衛生が1,410億香港ドル(17.1%)、社会福祉が1,391億香港ドル(16.9%)、インフラ関連が1,193億香港ドル(14.5%)となり、昨年度のトップであった社会福祉が2番目となるなど、予算配分が変わった格好です。
(香港政府予算案-2024年度及び2025年度比較)
香港政府は、より強い経済態勢を構築するためAIに力を入れる方針を明確にしました。米中間の地政学的緊張が高まる中、香港は国家戦略目標に沿ってテクノロジー主導の経済へとシフトしており、本年度予算では、各分野における人工知能(AI)開発のための資金が計上されています。具体的には、10億香港ドル(約1億2,860万米ドル)を投じて「香港人工知能研発院(Hong Kong AI Research and Development Institute)」を設立し、人材育成や研究開発を行うことを発表。10億香港ドルの資金はスタッフの雇用を含む最初の5年間の運営費に充てられるということです。中国へのゲートウェーなどの機能を活用し、香港をAI産業の国際交流・協力のハブに発展させることを目指す予定です。
香港投資公社(HKIC)は、620億香港ドルを運用する政府系ファンドですが、最先端技術の応用を促進するため、AI技術者とロボット工学に焦点を当てた2つのカンファレンスを開催することを発表。HKICは、オープンソース技術、特にオープンソース・チップアーキテクチャであるRISC-Vの設計と応用を含め、AI技術の研究と産業としての発展を促進するため、AIに関する第1回カンファレンスを開催予定です。財務長官はまた、「若いAIの才能を育てるため当局が大手ハイテク企業と協力し、小学校から大学までの学生にAIのトレーニングを提供する」と発表、HKIC、サイエンスパーク、サイバーポート、そしてAI・ロボット工学・グリーンテックを専門とするハイテク企業100社が招待され、学校での製品展示や見学を通して、専門家の見識やスタートアップの経験を共有するとのことです。香港証券取引所においても、ハイテクやバイオテクノロジー企業の上場申請準備や事業拡大(特に本土企業)を支援するため、テクノロジー企業専用チャネルを設立するなど、香港政府としてハイテク・AI・バイオ領域について引き続き力を入れる模様です。
また、本年度予算案では、観光業活性化のため香港政府観光局(HKTB)に12億3,500万香港ドルを計上、啓徳体育園(Kai Tak Sports Park)を活用してスポーツやコンサートの誘致にも力を入れる予定です。インフラ関連では、物流に2億1,000億香港ドルを投じるほか、「香港海運港口発展局(Hong Kong Maritime and Port Development Board)」を設立し、港湾貿易を強化する。新エネルギーへのシフトも促進するため、基金に4億7,000万香港ドル分を投入、EVバス600台分の購入に活用する予定です。3,000台分をEVタクシーに転換するため1億3,500万香港ドルの補助金も計上されています。
引き続き楽観視できる経済環境ではないまでも、政府としても推進していく予定のビジネスインフラへの投資、人材・企業誘致や産業促進による環境改善を期待していきたいと思います。
【筆者紹介】
長谷川慧(はせがわけい)
YCP Hong Kong Limited香港オフィスマネージャー/パートナー/公認会計士
監査法人にて大手金融機関の監査を担当したのち、エネルギー関連企業にて経営企画・事業開発を経験。YCP参画後は中期計画・投資戦略立案やPMI支援等に従事する傍らグループで投資した食品関連事業会社のマネジメントに従事。2018年より香港にてM&A支援や戦略立案・ガバナンス改革支援など幅広くアドバイザリー業務に携わる。

日刊香港ポストは月曜から金曜まで配信しています。ウェブ版に掲載されないニュースも掲載しています。時差ゼロで香港や中国各地の現地ニュースをくまなくチェックできます。購読は無料です。登録はこちらから。